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写真でたどる物語:情に厚く、義理を重んじる習近平国家主席

2017-11-27      





 (新華社より)中国の習近平国家主席は情に厚く、義理を重んじる。同氏は多くの友人と出会い、人生を歩む中で、古き友情を決して忘れることがない。時間や機会があると、すぐに古い友人たちを訪ねる。どれだけ時間がたっても、友人たちと連絡を取るよう努める。

 「どんなことがあっても時間を取ってあなたたちに会わなくてはならない」



 

               習近平中国共産党中央委員会総書記・国家主席は14日、宿泊先のビエンチャンのホテルで

               ラオスのポルセナ一家の友人と会見した。(新華社記者/蘭紅光)


201711月、習近平国家主席はラオスを公式訪問し、訪問期間中、同級生や旧友たちと特別に会見した。



                   20世紀60年代、北京のある公園で撮影したポンセーナー家の子どもたちの記念写真。

                                      (写真はポンセーナー家提供)


 当時、八一学校に通っていた習近平氏は、こうした外国人の同級生の事を印象深く覚えている。長年にわたり、同氏は何度も当時の同級生、旧友たちと連絡を取ろうとしてきた。 

7年後、同級生、旧友と再会した習近平氏は、非常に喜んだ。



 

                   習近平中国共産党中央委員会総書記・国家主席は14日、宿泊先のビエンチャンのホテルで

                   ラオスのポルセナ一家の友人と会見した。(新華社記者/蘭紅光)


 「ポンセーナー家の代表の方々と会えてとてもうれしい。あなた方の多くは私の古い同級生だ。7年ぶりに同級生、旧友と再会し、あなた方が健康で、幸せに暮らしているのを見て、非常にうれしい。私はずっとあなた方の事を想っていた」と習近平氏は述べた。

 

 「あの頃が大変懐かしい」


                 201699日、習近平国家主席は北京市八一学校を訪れ、教師や生徒を慰問し、全国の幅広い

                 教師・教育関係者に向け祝日の祝賀と心のこもった挨拶を届けた。(新華社記者/姚大偉)


 2016年、32回目の教師節(中国教師デー)を迎える際、習近平国家主席は北京市八一学校の教師・学生を訪問し、小学校、中学校在学の月日を感慨深く振り返った。



 

北京市八一学校


 当時の教師、同級生について話し出した総書記は、彼らの名前をはっきりと覚えており、次から次に多くの楽しい思い出を語った。習近平氏は、歩きながら学校を眺め、質問したり思い返したりしながら、「あの頃が大変懐かしい。どこに行っても母校のことを想っているし、母校と連絡を保っている」と感慨深く話した。



 

                 201699日、習近平国家主席は北京市八一学校を訪れ、教師や生徒を慰問し、全国の幅広い

                 教師・教育関係者に向け祝日の祝賀と心のこもった挨拶を届けた。(新華社記者/鞠


  八一学校の幾人かの退職した教師たちは、今では古希を迎えており、教え子との再会は特に感動的なものとなった。習近平氏は教師の一人ひとりと握手し、昔の楽しい思い出を振り返り、ほかの教師や同級生の近況を語り合った。



 

記者のインタビューを受ける教師の陳秋影さん


 習近平氏は、「先生方の元気な姿を拝見して、とてもうれしい。当時、先生方はとても厳しかったが、今思い返すと、一生役に立っている」と述べた。

 「私の心は今もここにある」

 


                    201521316日、習近平氏は陝西省を訪れ、多くの幹部や民衆を見舞・慰問し、

                    全国の各民族・人民に新春の祝賀を送り、偉大な祖国の繁栄・隆盛と各民族の

                    人民の幸福、健康を祝した。(新華社記者/蘭紅光)


 2015年春節(旧正月)、習近平氏のこの遠出は少し特別だった。彼は「里帰り」し、梁家河村に帰り、故郷の仲間たちを訪ねたのだ。



 

 1973年、「上山下郷」の時代の習近平氏(左から2人目)、陝西省延川県。新華社


 40年余り前、15歳だった習近平氏は梁家河に到着し、苦しくも終生の益となる人民公社生産隊への入隊生活を始めた。彼はここで中国共産党員となり、大隊党支部書記を7年に渡り務めたのである。

 故郷の仲間たちに会い、習近平氏は非常に喜んだ。同氏は、当時共に働き、共に暮らした仲間の多くを一目で見分け、親しみ深く彼らの名前を呼び、彼らの家族に挨拶した。



 

                    201521316日、習近平氏は陝西省を訪れ、多くの幹部や民衆を見舞・慰問し、全国の

                                 各民族の人民に新春の祝賀を送り、偉大な祖国の繁栄・隆盛と各民族の人民の幸福、健康を

                                 祝した。13日午前、習近平氏は延安市延川県文安驛鎮梁家河村で村民たちを訪ね、彼らと

                                 親しく語り合った。                (新華社記者/蘭紅光)


 習近平氏は、「今日ここに帰ってくることができて、とても感動している。皆に会えてとても親しく感じる。19691月、私は人生の第一歩を踏み出し、梁家河に来た。ここには7年も住んでいた。当時、私はここを去ったが、私の心は今もここに残っている」としみじみと語った。

 

 習近平氏は、「当時の仲間たちが生活の仕方、働き方を教えてくれたことは、自分にとって大きな益となった。あの時私はまだ15,16歳の子どもで、何もできなかった。あれからどれもできるようになった。麺を伸ばすことも、団子を蒸すことも、漬物を漬けることも、何でもできるようになった。あの漬物は長い間食べていないと、懐かしくなる」と語った。



 

                    201521316日、習近平氏は陝西省を訪れ、多くの幹部や民衆を見舞・慰問し、

                                 全国の各民族人民に新春の祝賀を送り、偉大な祖国の繁栄・隆盛と各民族の人民

                                 の幸福、健康を祝した。        (新華社記者/蘭紅光)



 40年は長い時間だ。しかし、その歳月も習近平氏の「黄土(黄河流域の黄土の堆積する地域)の情」を損なうことはできない。「15歳で黄土の地に来た時、私は途方に暮れ、さまよっていた。22歳で黄土の地を離れる時にはすでに、確固とした人生の目標があり、自信に満ちていた。人民の公僕として、陝北高原は私の根である。ここが私の不変の信念を育てたからだ。人民のために実際的な事を行わなければならない!」習近平氏は、彼の心の中にある「黄土の情」が、困難に直面した時、解決できない問題はないと信じさせてくれると話した。

 




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