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千年学府の現代化

2017-05-27      龔海瑩=文

 



 

千年の発展の歩み

 湖南省長沙市の岳麓山のふもとに、山を背に古く優雅な岳麓書院が建っている。ここには朱熹、張栻ら中国の代表的な儒学者や教育家が集まり、中国の歴史に深い影響を与えた著名な思想家・政治家を育成した。明末清初の思想家である黄宗義・王夫之、清末の政治家曽国藩、近代の教育家楊昌済、さらに新中国の第一世代のリーダーで、マルクス主義者毛沢東は楊昌済の学生として、何度もここに来て学び、岳麓書院文化・思想の薫陶を受けている。

 岳麓書院は北宋代(976年)に建てられ、すでに千年の歴史があり、中国史上有名な「四大書院」の一つである。1167年、朱熹と張栻は二カ月にわたる学術交流討論(朱熹・張栻の会講)を行い、これを聞きに来るものが絶えなかったという。この後、岳麓書院はしだいに中国思想史上著名な儒家学派である「湖湘学派」の中心となり、旺盛を極めた。清代の儒学者が「経世至用」、すなわち政治・経済・科学技術・軍事などの実用知識と技能を重んじるようになるにつれ、岳麓書院の発展は再度ピークを迎えた。

 書院とは何か。現代中国の著名学者李国鈞が中心になって編纂した『中国書院史』のなかには、「書院は私人が創建し、主催するもので、一定数の図書を所蔵し、人を集めて学問の講義を行ったり、研究・討議を行ったりするもので、伝統的な幼児啓蒙の特殊な教育組織形式よりも高度なもの」と定義されている。元岳麓書院院長で教授でもある朱漢民によれば、書院は公の教育組織である官学から独立しており、学術研究・講義・蔵書・出版・祭祀および田畑経営によって費用を得て学校を経営するなどの基本的な機能が必要である。多くの学者は中国の伝統的な書院と西洋の大学を比べて論じ、例えば、岳麓書院は世界で最も古い大学の一つとも言われる。世界で現存する大学のうち、創建がこれより早いものは、859年に創立されたモロッコのカラウィーン大学のみである。

 伝統的な書院は最も古くは唐代に出現しており、明清代に最盛期に至り、中国ではその数が2000カ所以上にも至った。朱漢民によれば、書院は先秦の儒家たちの教育と学術的伝統を継承したもので、西欧の大学は、古代ギリシア式教育と学術の伝統を継承したもので、両者はともに各文明発展史において重要な貢献を果たし、かつともに学者の自治組織であったが、欧米の大学の自治権が一種の法権だったのとは異なり、伝統的な書院の主な機能は講義や道を論ずることから科挙へのサービスへと変わり、これが近代になって、伝統的書院がすべて制度を改めた、あるいは発展が中断された直接の原因となったと指摘している。


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