中国画報—「天路文華」——高山雪原地帯の文化交流の歴史を語る

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「天路文華」——高山雪原地帯の文化交流の歴史を語る

2018-04-20          

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    『歩輦図』

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 中国十大名画の一つである『歩輦図』、チベットで発見されているもののうちでも最初期のジービーズ(天珠)、トゥルナン(大昭)寺の至宝である刺繍タンカ、清からチベットに向けて出された最も古い皇帝の旨、初めての官製チベット語大蔵経……。北京の首都博物館で展示されたチベットの貴重な文化財の一つひとつが、人々の足を引き留めていた。

 

文化交流の証拠物

 2018227日、「天路文華――チベット歴史文化展」が首都博物館で開幕し、216点のチベットに関する文化財が集中的に展示された。これらの展示品はチベットの文化交流をメインテーマとし、多くの展示品が初公開で、そのうちの多くがチベットのトゥルナン寺、タシルンポ寺、サキャ寺などの13の寺の秘宝である貴重な文化財である。

 展示品は180点がチベット地域の文化・博物館などの機関が提供したもので、解説員の紹介によれば、チベットから提供された展示品のなかには、新石器時代の2セットの陶罐、鳥獣紋と「王侯」という漢字が織り込まれた錦、黄金の仮面、永楽年間に刺繍された大威徳金剛タンカ、ツァンヤン・ギャムツォが描いたパンチェンラマ4世のタンカなどの目玉があり、見逃すことができないという。

 展示は「チベット族とその歴史・文化が中華民族共同体に及ぼした重要な作用」をメインテーマとし、文明の源、高原天路、高山雪原地域の仏の声、調和のとれた一家という4つのからなっている。今から5万年前~1万年前の旧石器時代末期の石器の起源に始まり、豊富な考古学出土品や遺跡から、古くから人類がこの高山雪原地域で生息・繁栄し、比較的発達した原始文化を形成していたことを証明している。

 韓戦明首都博物館館長によれば、この4つのゾーンにより、チベットの歴史と文化、チベットと周辺地域および内地との文化交流を展示し、チベット文化のアイデンティティと国家アイデンティティの形成を説明し、かつ中国の歴史と中国国内の各民族が共につくりあげてきた歴史を客観的に表現することがその狙いである。

 

『歩輦図』――漢民族とチベット民族の仲睦まじい歴史絵巻

 今回の展示で最も人気が高い「目玉の展示品」は、『歩輦図』にほかならず、多くの人がこの名作を一目見んがためにやってきている。この故宮博物館の奥深くに秘められている芸術の珍品はめったに見ることが出来ず、開幕式に参加した故宮博物院の単翔院長すら、「私も故宮で『歩輦図』を見たことありませんでした」と語っている。

 『歩輦図』は唐代(618907)の画家閻立本の作品で、色彩は優雅で、線は流暢かつ力強く、構図は変化に富んでいる唐代絵画の代表的な作品である。貞観15年(641年)吐蕃の首領ソンツェン・ガンポと文成公主の婚姻という歴史的題材をテーマとし、唐の太宗が文成公主を迎えに来た吐蕃の使者禄東賛と接見する情景が描かれている。

 『歩輦図』がテーマとする吐蕃のソンツェン・ガンポに文成公主が嫁入りするという物語はよく人に知られており、漢族とチベット族の往来における重要な事件とされている。文成公主のチベット入りの際、多くのシルク製品や典籍、植物の種を持ち込み、さらに100余名の各種の技術者・職人も従えてチベットに行ったため、中原の先進文化と生産技術が青海・チベット高原に伝播し、チベット族の政治・経済・文化の発展を促進した。この後、吐蕃は多くの貴族子弟を長安に留学させた。続く長い期間、唐と吐蕃の関係はとても平和であった。この絵画は漢族とチベット族の友好往来の歴史的証拠であり、極めて高い歴史的価値がある。この絵の年代については唐代の本物であるとも、北宋代の模写であるともいわれているが、どのみち年代は古く、極めて貴重で、展示されることは非常に稀で、今回の展示期間もわずか2カ月間に過ぎない。

 

チベットの黄金の仮面と中原の漢字が織り込まれた錦

 チベットのアリ地方で出土した3世紀の黄金の仮面と、「王侯」という漢字が織り込まれた錦はチベットの文化財の中でも非常に代表的なものである。

 「文明の源」ゾーンでは、チベット・アリ地方で出土した3世紀の黄金の仮面が独立して展示ホール中央の展示ケースの中に飾られ、その仮面の大きさは人の顔の大きさとほぼ同じで、冠の部分と面の部分からなっており、背後にある当ては、何層にもおよぶ織物である。この黄金の仮面は古象雄国の故地(現在のチベット・アリ地方)で出土した副葬品で、今から2000年前のものである。当時、ユーラシア大陸には広範囲にわたって黄金の仮面を副葬品とする習慣が広まっていて、ヒマラヤ山脈南側のネパールやインドでも似た品物が発見されている。研究によると、今から20001800年前、チベット西部ではすでに新疆や南ユーラシア大陸との連絡が非常に緊密で、新疆や中原、中央アジアやユーラシアの草原地帯との交流が非常に盛んに行われていた。

 「王侯」という漢字が織り込まれた錦は、とても古いもので、すでにぼろぼろになり、シミが浮かんでいるが、表面には模様があり、珍しい鳥獣模様がいまだはっきりと見え、当時のシルクの織物の豪華さをいまだに感じさせるものである。考古学者はこの鳥獣文様の空白部分の「王侯」という漢字により、この織物が中原で製作されたものと推測する。この織物は現在、チベット西部で発見されているもっとも古い中原の織物であり、同様の文様をもつシルクは新疆などでも出土している。「この布の漢字の書体は隷書に近く、中原で生産されてからチベットに持ち込まれたのは確かで、当時すでに文化交流があったことを示しています」と展示の設計者である首都博物館の張傑副研究員は語る。

 「こうした文化財を通して、チベット文化は自然環境の劣悪さにより孤立して発展していたわけではなく、昔から実に開放的で、石器時代からすでに黄河流域の文明の影響を受けており、ずっと周辺国・地域の文明成果をくみ取って、人と人との交流を促進していたことが分かります」と張傑副研究員は説明する。

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「天路文華」——高山雪原地帯の文化交流の歴史を語る

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    『歩輦図』

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 中国十大名画の一つである『歩輦図』、チベットで発見されているもののうちでも最初期のジービーズ(天珠)、トゥルナン(大昭)寺の至宝である刺繍タンカ、清からチベットに向けて出された最も古い皇帝の旨、初めての官製チベット語大蔵経……。北京の首都博物館で展示されたチベットの貴重な文化財の一つひとつが、人々の足を引き留めていた。

 

文化交流の証拠物

 2018227日、「天路文華――チベット歴史文化展」が首都博物館で開幕し、216点のチベットに関する文化財が集中的に展示された。これらの展示品はチベットの文化交流をメインテーマとし、多くの展示品が初公開で、そのうちの多くがチベットのトゥルナン寺、タシルンポ寺、サキャ寺などの13の寺の秘宝である貴重な文化財である。

 展示品は180点がチベット地域の文化・博物館などの機関が提供したもので、解説員の紹介によれば、チベットから提供された展示品のなかには、新石器時代の2セットの陶罐、鳥獣紋と「王侯」という漢字が織り込まれた錦、黄金の仮面、永楽年間に刺繍された大威徳金剛タンカ、ツァンヤン・ギャムツォが描いたパンチェンラマ4世のタンカなどの目玉があり、見逃すことができないという。

 展示は「チベット族とその歴史・文化が中華民族共同体に及ぼした重要な作用」をメインテーマとし、文明の源、高原天路、高山雪原地域の仏の声、調和のとれた一家という4つのからなっている。今から5万年前~1万年前の旧石器時代末期の石器の起源に始まり、豊富な考古学出土品や遺跡から、古くから人類がこの高山雪原地域で生息・繁栄し、比較的発達した原始文化を形成していたことを証明している。

 韓戦明首都博物館館長によれば、この4つのゾーンにより、チベットの歴史と文化、チベットと周辺地域および内地との文化交流を展示し、チベット文化のアイデンティティと国家アイデンティティの形成を説明し、かつ中国の歴史と中国国内の各民族が共につくりあげてきた歴史を客観的に表現することがその狙いである。

 

『歩輦図』――漢民族とチベット民族の仲睦まじい歴史絵巻

 今回の展示で最も人気が高い「目玉の展示品」は、『歩輦図』にほかならず、多くの人がこの名作を一目見んがためにやってきている。この故宮博物館の奥深くに秘められている芸術の珍品はめったに見ることが出来ず、開幕式に参加した故宮博物院の単翔院長すら、「私も故宮で『歩輦図』を見たことありませんでした」と語っている。

 『歩輦図』は唐代(618907)の画家閻立本の作品で、色彩は優雅で、線は流暢かつ力強く、構図は変化に富んでいる唐代絵画の代表的な作品である。貞観15年(641年)吐蕃の首領ソンツェン・ガンポと文成公主の婚姻という歴史的題材をテーマとし、唐の太宗が文成公主を迎えに来た吐蕃の使者禄東賛と接見する情景が描かれている。

 『歩輦図』がテーマとする吐蕃のソンツェン・ガンポに文成公主が嫁入りするという物語はよく人に知られており、漢族とチベット族の往来における重要な事件とされている。文成公主のチベット入りの際、多くのシルク製品や典籍、植物の種を持ち込み、さらに100余名の各種の技術者・職人も従えてチベットに行ったため、中原の先進文化と生産技術が青海・チベット高原に伝播し、チベット族の政治・経済・文化の発展を促進した。この後、吐蕃は多くの貴族子弟を長安に留学させた。続く長い期間、唐と吐蕃の関係はとても平和であった。この絵画は漢族とチベット族の友好往来の歴史的証拠であり、極めて高い歴史的価値がある。この絵の年代については唐代の本物であるとも、北宋代の模写であるともいわれているが、どのみち年代は古く、極めて貴重で、展示されることは非常に稀で、今回の展示期間もわずか2カ月間に過ぎない。

 

チベットの黄金の仮面と中原の漢字が織り込まれた錦

 チベットのアリ地方で出土した3世紀の黄金の仮面と、「王侯」という漢字が織り込まれた錦はチベットの文化財の中でも非常に代表的なものである。

 「文明の源」ゾーンでは、チベット・アリ地方で出土した3世紀の黄金の仮面が独立して展示ホール中央の展示ケースの中に飾られ、その仮面の大きさは人の顔の大きさとほぼ同じで、冠の部分と面の部分からなっており、背後にある当ては、何層にもおよぶ織物である。この黄金の仮面は古象雄国の故地(現在のチベット・アリ地方)で出土した副葬品で、今から2000年前のものである。当時、ユーラシア大陸には広範囲にわたって黄金の仮面を副葬品とする習慣が広まっていて、ヒマラヤ山脈南側のネパールやインドでも似た品物が発見されている。研究によると、今から20001800年前、チベット西部ではすでに新疆や南ユーラシア大陸との連絡が非常に緊密で、新疆や中原、中央アジアやユーラシアの草原地帯との交流が非常に盛んに行われていた。

 「王侯」という漢字が織り込まれた錦は、とても古いもので、すでにぼろぼろになり、シミが浮かんでいるが、表面には模様があり、珍しい鳥獣模様がいまだはっきりと見え、当時のシルクの織物の豪華さをいまだに感じさせるものである。考古学者はこの鳥獣文様の空白部分の「王侯」という漢字により、この織物が中原で製作されたものと推測する。この織物は現在、チベット西部で発見されているもっとも古い中原の織物であり、同様の文様をもつシルクは新疆などでも出土している。「この布の漢字の書体は隷書に近く、中原で生産されてからチベットに持ち込まれたのは確かで、当時すでに文化交流があったことを示しています」と展示の設計者である首都博物館の張傑副研究員は語る。

 「こうした文化財を通して、チベット文化は自然環境の劣悪さにより孤立して発展していたわけではなく、昔から実に開放的で、石器時代からすでに黄河流域の文明の影響を受けており、ずっと周辺国・地域の文明成果をくみ取って、人と人との交流を促進していたことが分かります」と張傑副研究員は説明する。


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