中国画報—『鈍行列車の旅』は詩的であり、ありふれた生活でもある

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『鈍行列車の旅』は詩的であり、ありふれた生活でもある

2018-11-02      龔海瑩=文    

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    鈍行列車のポスター

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    鈍行列車の乗客たち

  • 微信图片_20180930163706 副本.jpg

  • 任崇蓉.jpg

    任崇蓉

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  102227日、中央テレビ局ドキュメンタリーチャンネルでドキュメンタリー番組『乗着緑皮車去旅行(鈍行列車で旅行に行こう)』全6集、各集25分が放映され、これらは鈍行列車をテーマにして、現在の中国の古村落や昔ながらの民俗風情、消えつつある伝統技術・芸術やその背後にある歴史の変遷、いなかの人々の本来の望ましい日常生活への回帰など、歴史と郷愁に満ちた内容となっている。

 「郷愁」はまさにこのドキュメンタリーのキーワードである。この番組の総ディレクターである中央テレビ局の任崇蓉の説明によれば、「鈍行列車が通る場所は、遠くに山や川が見える、郷愁を覚える場所がほとんどです」。人類はその発展において常に移動を続け、これは社会発展の強大な原動力ともなった。中国の都市化の進展は、世界において最大規模の人口移動であるといわれ、無数の中国人が故郷を離れ、都市で新たなうるわしの我が家や身の置き所を得ると同時に、郷愁もまた一種の普遍的な大衆的情緒となった。

 このドキュメンタリーの中で、鈍行列車は郷愁をのせる器である。この鈍行列車は緑色の車体をしているために中国では緑皮車と呼ばれているが、195080年代にはもっとも一般的な最も代表的な旅客列車で、深緑の車体に黄色い帯が入ったものであり、エアコンはなく、最高速度は時速120キロであった。中国の旅客鉄道のスピードアップと技術力アップのため、こうした鈍行列車はエアコンのある列車や高速列車にどんどん取って替わられている。番組の調査の結果、中国では現在、20余りの路線の40余りの「緑皮車」が残されているに過ぎない。

 任崇蓉によると、撮影チームは当初はもっとも一般的であった「緑皮車」を基準に撮影路線を選んでいた。それは石炭を燃やして動力とし、エアコンはなく、車窓は開かず、二等席しかないもので、さらにもう一つ重要なのは、キップの値段が安く、停車駅が多く、現地の人が実際によく利用するものであることだ。

 2017年末から撮影チームは中国各地に散り、四川、新疆、黒竜江、湖南、山西などの場所で撮影を開始した。四川の西南部にある涼山イ族自治州の雪山支脈大涼山、中国西北の新疆にある世界七大山系のひとつ天山山脈、中国最大の砂漠であるタクラマカン砂漠、中国最北部の黒竜江両岸に広がる興安嶺山林、そして四川と湖南の境界にある小鎮などが、この番組のための撮影場所となった。

 『故宮』(2005年)、百集にもわたる大型ドキュメンタリー『故宮100』(2012年)、『チャイナ――磁器』(2013年)から『有一種生活叫訂制(オーダーメイドという一種の生活)』(2016年)、そして『乗着緑皮車去旅行(鈍行列車で旅行に行こう)』(2018年)まで、任崇蓉の作品の題材は広大な歴史のモデルチェンジから現実生活まで極めて幅広い。彼女は『鈍行列車』の番組の中で、「学校に行く子ども、ミカン売り、そして独特な風情をもつイ族の花嫁などの『大時代の小人物の運命』が最も人の心を打つ」と考えている。

 フランスのポストモダン映画理論家であるアンドレ・バサンの『映画とは何か』の中に、映画とは詩の味わいで、愛の芸術である」と書かれている。任崇蓉はこうした詩の味わいと暖かさを『鈍行列車』の中にも応用している。「今日、中国の高速鉄道の普及により、もうその数は多くなくなった緑皮車が繰り広げる本来の望ましいゆったりした生活と人情味溢れる『郷愁』は、故郷を離れ都市生活を送っている多くの若者を背景に、一種の得難い人文的関心を呼び起こすのです」。

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『鈍行列車の旅』は詩的であり、ありふれた生活でもある

2018-11-02      龔海瑩=文      

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    鈍行列車のポスター

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    鈍行列車の乗客たち

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    任崇蓉

  102227日、中央テレビ局ドキュメンタリーチャンネルでドキュメンタリー番組『乗着緑皮車去旅行(鈍行列車で旅行に行こう)』全6集、各集25分が放映され、これらは鈍行列車をテーマにして、現在の中国の古村落や昔ながらの民俗風情、消えつつある伝統技術・芸術やその背後にある歴史の変遷、いなかの人々の本来の望ましい日常生活への回帰など、歴史と郷愁に満ちた内容となっている。

 「郷愁」はまさにこのドキュメンタリーのキーワードである。この番組の総ディレクターである中央テレビ局の任崇蓉の説明によれば、「鈍行列車が通る場所は、遠くに山や川が見える、郷愁を覚える場所がほとんどです」。人類はその発展において常に移動を続け、これは社会発展の強大な原動力ともなった。中国の都市化の進展は、世界において最大規模の人口移動であるといわれ、無数の中国人が故郷を離れ、都市で新たなうるわしの我が家や身の置き所を得ると同時に、郷愁もまた一種の普遍的な大衆的情緒となった。

 このドキュメンタリーの中で、鈍行列車は郷愁をのせる器である。この鈍行列車は緑色の車体をしているために中国では緑皮車と呼ばれているが、195080年代にはもっとも一般的な最も代表的な旅客列車で、深緑の車体に黄色い帯が入ったものであり、エアコンはなく、最高速度は時速120キロであった。中国の旅客鉄道のスピードアップと技術力アップのため、こうした鈍行列車はエアコンのある列車や高速列車にどんどん取って替わられている。番組の調査の結果、中国では現在、20余りの路線の40余りの「緑皮車」が残されているに過ぎない。

 任崇蓉によると、撮影チームは当初はもっとも一般的であった「緑皮車」を基準に撮影路線を選んでいた。それは石炭を燃やして動力とし、エアコンはなく、車窓は開かず、二等席しかないもので、さらにもう一つ重要なのは、キップの値段が安く、停車駅が多く、現地の人が実際によく利用するものであることだ。

 2017年末から撮影チームは中国各地に散り、四川、新疆、黒竜江、湖南、山西などの場所で撮影を開始した。四川の西南部にある涼山イ族自治州の雪山支脈大涼山、中国西北の新疆にある世界七大山系のひとつ天山山脈、中国最大の砂漠であるタクラマカン砂漠、中国最北部の黒竜江両岸に広がる興安嶺山林、そして四川と湖南の境界にある小鎮などが、この番組のための撮影場所となった。

 『故宮』(2005年)、百集にもわたる大型ドキュメンタリー『故宮100』(2012年)、『チャイナ――磁器』(2013年)から『有一種生活叫訂制(オーダーメイドという一種の生活)』(2016年)、そして『乗着緑皮車去旅行(鈍行列車で旅行に行こう)』(2018年)まで、任崇蓉の作品の題材は広大な歴史のモデルチェンジから現実生活まで極めて幅広い。彼女は『鈍行列車』の番組の中で、「学校に行く子ども、ミカン売り、そして独特な風情をもつイ族の花嫁などの『大時代の小人物の運命』が最も人の心を打つ」と考えている。

 フランスのポストモダン映画理論家であるアンドレ・バサンの『映画とは何か』の中に、映画とは詩の味わいで、愛の芸術である」と書かれている。任崇蓉はこうした詩の味わいと暖かさを『鈍行列車』の中にも応用している。「今日、中国の高速鉄道の普及により、もうその数は多くなくなった緑皮車が繰り広げる本来の望ましいゆったりした生活と人情味溢れる『郷愁』は、故郷を離れ都市生活を送っている多くの若者を背景に、一種の得難い人文的関心を呼び起こすのです」。


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