中国画報—アカデミーとサロン展

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アカデミーとサロン展

2018-04-03      文=芸美    

  • 朱尔•亚历山大•格伦(1868 - 1938)的《法兰西艺术家沙龙的一个周五》.jpg

    ジュール・アレクサンドル・グリューンの『金曜日のフランス芸術家たちのサロン』

  • 朱庇特与忒提斯.jpg

    アングルの『ジュピターとテティウス』

  • 常书鸿的油画作品《病中的妻子》.jpg

    常書鴻の油絵『病中の妻子』 1931年

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 フランスの大画家アングルの作品『ジュピターとティティス』はヨーロッパを出たことがなかったが、今回中国にやって来るにあたり、この巨大な作品がもとの額からはずされ、そのためにわざわざオーダーメイドしたコンテナに収納されて、中国へ向かう飛行機にのせられた。こうしてこの作品はここ40年で初めて、所蔵されていた場所を離れることになった。

 2018130日~56日、103点の新古典主義芸術作品が中国国家博物館の「アカデミーとサロン――フランス国立造形芸術センター・パリ国立高等美術学校(エコール・デ・ボザール)珍蔵展」に出展された。この展覧会はフランス革命から第一次世界大戦期のフランス芸術およびフランス社会の姿を展示するものである。

 

芸術との対話

 展覧された一部の展示品はフランス国立造形芸術センターのもので、これは国立の芸術品収蔵機関であり、歴代のフランスの公共資産を管理する役割を担っている。コレクションの宣伝と価値上昇を実現するために、ここでは収蔵作品を博物館に貸し出している。収蔵範囲は広く、一部にはフランス在住中国人画家の作品もあり、展示の中には常書鴻の油絵『病中の妻子』もある。

 「1931年にわれわれが初めて収蔵した中国の作品は劉海粟の『ルクセンブルグの雪』でした」と、フランス国立造形芸術センターのドベール・ガルド館長は紹介する。「われわれは自分たち自身に固定の展示場所はありませんが、コレクションを貸し出すことでフランスや各地の文化芸術生活の核心に分け入ることができ、毎年2000点余りを600回世界各地に貸し出しています」。

 

美の殿堂

 この展覧会は二つの部分に分けられている。第一部分は、「パリ国立高等美術学院、美の殿堂」である。ポンペイ遺跡が18世紀初頭に再発掘され、新古典主義の波を引き起こした。フランス高等美術学院は19世紀には新古典主義の牙城であり、アカデミー派ともいわれ、このためにキュレーターはこの部分にはポンペイの壁面を飾っていた赤を背景に用いている。

 この部分の展示はパリの高等美術学院の19世紀芸術家養成について、そしてまた、ローマ大賞などの重要なコンペティション制度が芸術風格を形作ったことを系統だって展示している。パリ高等美術学院の学生は厳格なシステムによる訓練が行われ、古代古典芸術作品の学習、大量の模写練習、解剖学の学習などが行われた。アカデミーの前任院長で著名な芸術家であるアングルの教えを守り、アカデミーでは多くの素描練習により、学術養成が行われていた。

 アングルはかつて「素描は芸術の体操だ」と語っている。この言葉はのちにパリの高等美術学校に学んだ芸術家徐悲鴻に大きな影響を与え、徐悲鴻はずっと素描を教学の基礎とし、中央美術学院を代表とする中国のアカデミー教学システムに影響を与えた。

 フランス側のキュレーターであるフィリップ・ジャクリーンは、「芸術家になる前、若い美術学院生はアカデミーのなかで芸術教育と訓練を受け、各種の芸術コンテストに出品し、最後に当時最も権威のある芸術賞であるローマ賞を受賞し、さらに作品が当時最も重要だった芸術展覧であるサロン展に入選することで、アカデミーの学生からサロン芸術家へと身分が転換してゆくことをこの展覧で完全に展示しています」と語る。

 中国側のキュレーターである潘晴もまた、「今回の展示で最も表現したかったのは、フランス19世紀の芸術の比較的完全な物語で、フランスの芸術家が19世紀に学生からサロン展に入選し、名をあげてゆく全過程を示したかったのです」と語っている。

 

時代を映す鏡

 展覧の第二部分は「サロン」で、「美術舞台は時代の鏡である」として、ナポレオンの緑で展覧の壁面が飾られ、アングルの『ジュピターとティティス』、ドラクロワの『フランソワ・ラブレー像』などサロンの中で名誉を得た重要な作品が展示されている。中でもジュール・アレクサンドル・グリューンの金曜日のフランス芸術家たちのサロン』では芸術家、総統、コレクター、記者、俳優やオペラ歌手などの111人の人物が詳細に描き込まれており、19世紀サロンの情景を再現している。この作品はまさにフランス芸術家協会のサロン展30周年を祝うために1911年に描かれたもので、ずっと宮殿で飾られていた。この作品はあまりに大きく、中国に運ぶために、もとの額からはずして、巻いて飛行機にのせるという冒険的な運送方法をとり、絵の修復家まで同行して中国にやってきた。

 フランスのキュレーターであるフィリップ・ジャクリーンは、「われわれは全展覧の末尾にフランスで学んだ中国の芸術家である常書鴻と方君璧の作品を展示でき、とても誇らしく思います。フランスにとってみれば、19世紀は美術の世紀といえます。美術は当時の科学や民主の進展度を照らし出す鏡です。美術を通して19世紀にフランスと中国は結ばれていたのです」と語る。

 

 

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アカデミーとサロン展

2018-04-03      文=芸美      

  • 朱尔•亚历山大•格伦(1868 - 1938)的《法兰西艺术家沙龙的一个周五》.jpg

    ジュール・アレクサンドル・グリューンの『金曜日のフランス芸術家たちのサロン』

  • 朱庇特与忒提斯.jpg

    アングルの『ジュピターとテティウス』

  • 常书鸿的油画作品《病中的妻子》.jpg

    常書鴻の油絵『病中の妻子』 1931年

 

 フランスの大画家アングルの作品『ジュピターとティティス』はヨーロッパを出たことがなかったが、今回中国にやって来るにあたり、この巨大な作品がもとの額からはずされ、そのためにわざわざオーダーメイドしたコンテナに収納されて、中国へ向かう飛行機にのせられた。こうしてこの作品はここ40年で初めて、所蔵されていた場所を離れることになった。

 2018130日~56日、103点の新古典主義芸術作品が中国国家博物館の「アカデミーとサロン――フランス国立造形芸術センター・パリ国立高等美術学校(エコール・デ・ボザール)珍蔵展」に出展された。この展覧会はフランス革命から第一次世界大戦期のフランス芸術およびフランス社会の姿を展示するものである。

 

芸術との対話

 展覧された一部の展示品はフランス国立造形芸術センターのもので、これは国立の芸術品収蔵機関であり、歴代のフランスの公共資産を管理する役割を担っている。コレクションの宣伝と価値上昇を実現するために、ここでは収蔵作品を博物館に貸し出している。収蔵範囲は広く、一部にはフランス在住中国人画家の作品もあり、展示の中には常書鴻の油絵『病中の妻子』もある。

 「1931年にわれわれが初めて収蔵した中国の作品は劉海粟の『ルクセンブルグの雪』でした」と、フランス国立造形芸術センターのドベール・ガルド館長は紹介する。「われわれは自分たち自身に固定の展示場所はありませんが、コレクションを貸し出すことでフランスや各地の文化芸術生活の核心に分け入ることができ、毎年2000点余りを600回世界各地に貸し出しています」。

 

美の殿堂

 この展覧会は二つの部分に分けられている。第一部分は、「パリ国立高等美術学院、美の殿堂」である。ポンペイ遺跡が18世紀初頭に再発掘され、新古典主義の波を引き起こした。フランス高等美術学院は19世紀には新古典主義の牙城であり、アカデミー派ともいわれ、このためにキュレーターはこの部分にはポンペイの壁面を飾っていた赤を背景に用いている。

 この部分の展示はパリの高等美術学院の19世紀芸術家養成について、そしてまた、ローマ大賞などの重要なコンペティション制度が芸術風格を形作ったことを系統だって展示している。パリ高等美術学院の学生は厳格なシステムによる訓練が行われ、古代古典芸術作品の学習、大量の模写練習、解剖学の学習などが行われた。アカデミーの前任院長で著名な芸術家であるアングルの教えを守り、アカデミーでは多くの素描練習により、学術養成が行われていた。

 アングルはかつて「素描は芸術の体操だ」と語っている。この言葉はのちにパリの高等美術学校に学んだ芸術家徐悲鴻に大きな影響を与え、徐悲鴻はずっと素描を教学の基礎とし、中央美術学院を代表とする中国のアカデミー教学システムに影響を与えた。

 フランス側のキュレーターであるフィリップ・ジャクリーンは、「芸術家になる前、若い美術学院生はアカデミーのなかで芸術教育と訓練を受け、各種の芸術コンテストに出品し、最後に当時最も権威のある芸術賞であるローマ賞を受賞し、さらに作品が当時最も重要だった芸術展覧であるサロン展に入選することで、アカデミーの学生からサロン芸術家へと身分が転換してゆくことをこの展覧で完全に展示しています」と語る。

 中国側のキュレーターである潘晴もまた、「今回の展示で最も表現したかったのは、フランス19世紀の芸術の比較的完全な物語で、フランスの芸術家が19世紀に学生からサロン展に入選し、名をあげてゆく全過程を示したかったのです」と語っている。

 

時代を映す鏡

 展覧の第二部分は「サロン」で、「美術舞台は時代の鏡である」として、ナポレオンの緑で展覧の壁面が飾られ、アングルの『ジュピターとティティス』、ドラクロワの『フランソワ・ラブレー像』などサロンの中で名誉を得た重要な作品が展示されている。中でもジュール・アレクサンドル・グリューンの金曜日のフランス芸術家たちのサロン』では芸術家、総統、コレクター、記者、俳優やオペラ歌手などの111人の人物が詳細に描き込まれており、19世紀サロンの情景を再現している。この作品はまさにフランス芸術家協会のサロン展30周年を祝うために1911年に描かれたもので、ずっと宮殿で飾られていた。この作品はあまりに大きく、中国に運ぶために、もとの額からはずして、巻いて飛行機にのせるという冒険的な運送方法をとり、絵の修復家まで同行して中国にやってきた。

 フランスのキュレーターであるフィリップ・ジャクリーンは、「われわれは全展覧の末尾にフランスで学んだ中国の芸術家である常書鴻と方君璧の作品を展示でき、とても誇らしく思います。フランスにとってみれば、19世紀は美術の世紀といえます。美術は当時の科学や民主の進展度を照らし出す鏡です。美術を通して19世紀にフランスと中国は結ばれていたのです」と語る。

 

 


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