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『人民画報』『中国画報(英語版)』『中国(ロシア語)』、韓国語ビジネス雑誌『中国』、中国専門フォトバンクが協力し、「2008年度世界に影響を与えた中国人」10人を選出する初の試みを行った。今回の活動によって、中国と世界との友好・交流を促進する舞台をつくりだし、世界により中国を知ってもらうことを希望している。
1. 張月姣:WTO上訴機構裁判官





2008年5月20日、中国人弁護士張月姣は、ジュネーブの世界貿易機関の本部にあるWTO裁判所で宣誓を行い、正式に裁判官に就任した。これは、WTOでこの重要な職務を担当する最初の中国大陸出身の弁護士である。この上訴機構はWTOの中で貿易紛争を仲裁する最高機関であり、7人の裁判官からなる。これらの裁判官は、広範な代表性を持ち、国際貿易法において国際的に認められた学識と能力を持っていなければならない。この栄誉ある役職の背後には、中国の絶えず向上しつつある貿易における国際的地位があり、「私が当選した意義は、中国がWTOで上級役員の職位を獲得したということだけではなく、中国が規則についての解釈と決定権を獲得したことにもあります」と、張月姣は語った。
2. 林毅夫:世界銀行チーフエコノミスト兼副総裁
30年前に、バスケットボールを抱いて金門から大陸まで台湾海峡を泳いできた時、彼は現在の成功を思い描いてはいなかっただろう。林毅夫は、北京とアメリカ・シカゴで経済学を学び、1987年に北京大学に戻って、中国初の「海帰(海外から帰国した)」経済学者となった。1994年、林毅夫は北京大学中国経済研究センターを創立し、自ら主任を担当した。まもなく研究センターは中国政府の政策決定機関の重要なブレーンの一つとなった。2008年、正式に世界銀行の副総裁兼チーフエコノミストに就任した。世界銀行のゼーリック総裁は、林毅夫は初めての発展途上国出身のチーフエコノミストで、経済発展分野、とくに農業発展についての専門家であり、彼の就任は世界銀行に「独特な技能と経験をもたらす」と評価している。
3. 翟志剛:神舟7号宇宙飛行士、中国で初めて宇宙遊泳を行った人物
2008年9月27日16時34分、「神舟7号」の01号宇宙飛行士翟志剛は宇宙遊泳を始めた。宇宙船「神舟5号」が打ち上げられた2005年から、中国人の宇宙航行の夢は一歩一歩、現実へと変わっていった。楊利偉、費俊龍、聶海勝らの宇宙飛行士の努力によって、とうとう中国人は宇宙遊泳の夢を実現したのだ。アメリカの週刊誌『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』では、「いかなる角度から見ても、たった5年間でこのような実績を獲得したのは驚くべきことだ」と評価している。翟志剛の宇宙遊泳は、中国の宇宙開発事業が飛躍的な進歩を収め、中国がすでに世界の宇宙開発先進国の仲間入りをしたことを示しており、さらなる宇宙航行のためにしっかりとした基礎を固めたのである。
4. 呉孔明:中国農業科学院植物保護研究院所長、植物病虫害生物学国家重点実験室主任
遺伝子組み換え技術に関しては賛否両論あり、その危険性を指摘する声も多い。しかし、2008年9月、アメリカの『サイエンス』誌上に発表された重要な研究成果によって、遺伝子組み換えの利点に多くの目が向けられることとなった。この研究は10年間にわたり呉孔明博士が研究グループを率いて、遺伝子が組み換えられた綿の夥しいデータ分析を行ったもので、遺伝子組み換えによる抗虫綿は、綿のオオタバコガによる被害に抵抗できるほか、隣の作物もこの害虫から守ることができ、殺虫剤の使用量を大いに減らし、環境汚染を軽減することができる、というものである。オオタバコガの害に苦しんでいた中国農民にとって、これは一大朗報である。この研究成果は、遺伝子組み換え水稲などの作物や、これからの中国の農業生産に大きな影響を及ぼし、中国の遺伝子組み換え作物の商品化や発展に拍車をかけると予測されている。
5、張芸謀:北京オリンピック開会式チーフ監督
2008年北京オリンピック大会は、13億の中国人と世界中のスポーツと平和を愛する人々にとって、疑いなく忘れ難い盛会となった。巨大な中国山水画絵巻、2008人の銅缶叩きによる開幕カウントダウン、2008人の子どもの笑顔の写真などのパフォーマンスは、中国の人々の世界平和への熱い祈りを表していた。開会式のパフォーマンスは、高度なデジタル技術と伝統的な舞台芸術、マスゲームなどを結びつけたもので、中国で開発された宇宙飛行素材、昇降ステージ、発光ダイオードシステム、特殊花火なども取り入れた、マルチメディア技術を生かした初めての開会式でもあった。チーフ監督としての張芸謀は、その創作グループを率いて、まる2年間をこの準備に費やし、あっと驚く創造力と細かく厳しい指導によって、極めてすばらしい開幕式を創り上げた。2008年の夏、張芸謀は世界の観客に、驚きと喜びを捧げたのである。
6.楊逸:芥川賞に輝いた中国人女性作家
日本に留学した楊逸は、留学終了後も日本に留まり結婚・離婚を経験し、現在はひとりで二人の子どもを育てている。彼女は記者として集めた素材や、身の回りの誰も知らないようなささいな出来事を小説にまとめた。日本語で小説を書くのは、日常のプレッシャーを解消するためで、「芥川賞なんて雲の上のもので、自分には関係がないと思っていました」と楊逸は語る。自分の小説が、日本語に独特な語感をもたらし、言葉にうるさい日本人読者を魅了させるなどとは思いも寄らなかった。2007年に、彼女のデビュー作『王さん』が、日本文学界の「新人賞」を獲得した。2008年7月15日、楊逸の新作『時が滲む朝』が第139回芥川賞に輝いた。この73年の歴史を持つ日本でもっとも権威のある文学賞が、中国人、日本国籍以外の外国人に初めて授与されたのである。彼女の小説は、「手を伸ばせば触れることができるような新鮮さ」で、必死に生きてゆく人間の生への強烈な意志を描き出している。この感覚は国境を超えた作家だけが持つことのできるものだ、と選考委員会は評価している。