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軽々とシャッターを切る
文と写真 王文瀾

王文

 彼の目は小さいが、笑うとその笑いには感染力がある。彼の思考は早いが、言葉にするのは苦手だ。彼の思想は深いが、魂の奥底にしまわれている。

 王文瀾は1953年に北京で生まれ、農村の生産隊に入ったり、肉体労働者になったり、兵隊になったりした。彼は1980年に報道カメラマンになった。現在は中国日報社の編集長助手兼撮影部主任である。中国撮影家協会の副主席でもある。

 彼は報道カメラマンの重要な使命は国家の変革を記録することだと考えている。30年以上もの間、彼はずっと「中国」をテーマに写真を撮り続け、その作品はロマンティックでもノスタルジックでもなく、叙述的でも説明的でもない。内に秘めるものは深く、現代的で、伝統的な構図で、美的価値が高い。精神の力と人文的魅力がその中を貫いているのだ。

 

 
カメラを手にした日々

 

 私は小さい頃、大きくなったら何になろうかいろいろと考えていたが、カメラマンはその中には含まれていなかった。10年にわたる文革の初期、私はカメラを構え始め、文革終了の頃にようやく撮るべきものをとるようになった。余暇には自分の好きなものを撮っているが、それは決して芸術的なものとはいえず、撮り散らしているに過ぎない。1976年の唐山大地震のときには比較的落ち着いていて、13日ぶりに瓦礫の中から盧桂蘭が救出された瞬間をとらえ、得がたいシャッターチャンスとなった。しかし、そのときはまだ何を撮ったのか、まったくわかっていなかった。1979年の『自然・社会・人』写真展は、私に大きな衝撃を与えた。以前から存在していたこっそりとシャッターを切っていた人々が、1976年に天安門広場から走り出て、現実の生活のなかのいかなる場面も逃さず、フレームに捉えていたのである。これは私に大いなる共感をあたえ、レンズを「時代」に向けることを決心した。

 1980年、偶然のチャンスを得て、私は中国日報社に入社した。当時、編集長の目から見ると私は図体のでかい新米野郎にすぎず、彼は私を正視したことさえなかった。毎日お昼に私たちは食堂で毎日顔をあわせていて、それが続くといつの間にか、同じテーブルで食事をするようになった。ある日、彼は言った。「国内の新聞の写真はみな切手ほどの大きさしかないが、国際的な流れに従って、写真を大きく一面トップにでかでかと載せ、一発かましてやろうじゃないか。」

 私は確かに新米の何も知らない野郎だったので、編集長の話は天からふってきたように感じた。国際的な流れ?何のことだかわからない。撮影コンクール?見たことがない。しかし、私には編集長の話は悪くない、と思えた。じゃあ、やってやろうじゃないか。のちに起こったことは私も意外に感じた。一面トップが一発かまされたところか、全体がこなごなにくだけたのである。社内の多くの人は「驚かせすぎだ」と言った。

 1981年の夏の盛り、編集長が、一面に涼しさを感じさせるような写真を載せられないだろうかと言ってきて、私を驚かせた。これは小物が大役を引き受けるようなもので、このような写真がどうして一面トップを飾れようか。しかし、私は頷いて、幼稚園に行って子どもたちが西瓜を食べている写真を撮ってきた。翌日、やはりこの写真はさまざまな反響を呼んだ。編集長はこう言った。「過去の写真は指導者ばかりで普通の人物は少なかった。外国の読者は中国人の本当の生活を写し取った写真を好み、こういった小さなことから中国を理解するものである。われわれは小さいことから始めなければいけない。」そして、私は普通の人々の生活を写し出す作品をたくさん撮るようになった。

 80年代初め、一人の友人が私に自分の写真集を持ってきてくれた。この写真集を見終わった私は、後頭部に一撃を食らったようなショックを受けた。10年の文革は時期を逃し、改革開放の序幕はあっという間に瞼の下をすり抜けていってしまった。どうやらカメラを使って写真をとるだけではだめで、心の目が必要で、心で写真を撮る必要があるようだ。生活の記録や、突発的な事件・決定的な瞬間は稀で、それもあっという間に過ぎ去ってしまう。二度目を望んでも望めない。生活の大部分は淡々と過ぎ去り、見慣れすぎて何の新しさも感じられない。しかし、慣れっこになって見過ごしてしまっていることがもつ潜在的な力は、尽きることがない。

 私はそのときこう思った。1976年に私は歴史にカメラを向け始めた。現在でも遅くない。2000年で四半世紀となる。2025年までとり続けることができれば、半世紀だ。中国の改革開放の半世紀を撮り続けられなくなるまで、撮り続けよう。

 私はいつもこのように思っている。「私は単なる機械でない機械を手にしているのだ。」

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