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映画は民族心理と文化表現のもっともよい手段である。『グリーン・デスティニー』の武術の達人が空中に浮かんで剣術の腕比べを行った時、全世界の観衆は中国のカンフーに驚嘆した。実際は、中国に行ったことがある人なら分かるだろうが、中国人なら誰でもカンフーができるわけではなく、辮髪も結っていないし、無口で神秘的でもない。中国の街には高層ビルが林立し、イルミネーションが煌き、へんぴな山奥でもインターネットを使うことができ、世界の有名ブランドも他国と同じように売られていて、夜の遊びも豊富で、ショートメッセージの発信も自分たちにおとらず頻繁であることなどが実感できるだろう。
あくまで映画は映像芸術であり、それが述べる物語は真実のものもあるが、虚構のものが多い。しかし、虚構の物語であっても、その内容は依然として豊富な民族文化を含んでいる。世界各国の映画の中には、よく中国に関係する内容が現れている。以下の中国文化のシンボルは、よく映画に登場するものであろう。
黄飛鴻(有名な武術家)の形をとる鶴、気功ができる虎、無形脚(武術の一種)ができるカマキリ————カンフーに夢中になっているのは人類ばかりでなく、『カンフーパンダ』の中では、動物もカンフーをしている。
ブルース・リーがスティーブ・マックィーンなどのハリウッド俳優を弟子にしてから、邵氏のカンフー映画『天下第一拳(キング・ボクサー大逆転)』が欧米でヒットした1973年まで、ジャッキー・チェンの『紅番区(レッド・ブロンクス)』が北米の興行記録を塗り替えてから、『リーサル・ウェポン4』にジェット・リーが登場し世界を驚かせたときまで、『グリーン・デスティニー』が一躍北米興行記録を更新した外国語映画となったときから、『マトリックス』に、黄飛鴻の象徴的な構えを使った主人公ネオが登場するまで……。勢いよく押し寄せるカンフーの大波の影響をうけ、『アイス・エイジ2』では小さなリスでさえ、松の実を奪いにきた魚に向って、あいーっという叫び声とともにブルース・リーのようにカンフーのポーズをとるのだ。
映画を媒体として、カンフーは中国文化を普及させる任務を担い、中国人ないし中国の代名詞となった。統計によると、上は皇室貴族から下は一般平民まで、世界で中国カンフー(気功、太極拳を含める)を習う人は、数億を数えるという。ヨーロッパの一部の専門学校や大学はすでに中国カンフーを学科として加えている。
「あなたはカンフーができますか?」という質問を、外国にいる中国人はよく受ける。中国人の留学生が黄色い皮膚と黒い髪だけで、追いはぎを驚かせて追い払ったエピソードにも事欠かない。
チャイナタウン Chinatown
多くの映画とくにマフィア映画では、「チャイナタウン」が欠かせない。オリバー・ストーンが脚本を書いた『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』の中でも、チャイナタウンはチャイニーズ・マフィアの本拠地だった。『リプレイスメント・キラー』と『NYPD15分署』の中でも、チョウ・ユンファ(周潤発)が扮した殺し屋と汚職警察官はチャイナタウンをバックにしていた。『ドラゴン・キングダム』にいたっては、ボストンのチャイナタウンは、主人公のカンフー狂ジェイソンがカンフー映画を見るところである。
チャイナタウンは、いったい風情豊かな「ミニチュア中国」なのか、それとも悪の巣窟なのか? 映画に描かれたチャイナタウンの姿は、多くはその性質が誇張されたものであることは確かである。中国の開放が進むにつれて、中国と世界との交流がより頻繁となってきた。チャイナタウンは文化の交流において、必ず大きな役割を果たすことだろう。