| 中国画報の購読 |



60年前、誕生したばかりの中国海軍が、江蘇省の白馬廟から出航した。
60年後の現在、中国人民海軍の艦艇部隊、潜水艦部隊、航空兵部隊、海岸防衛部隊と陸戦部隊の5大部隊は、機械化から情報化を目指して邁進している。
合同作戦システムは基本的に完成し、情報システムはある程度の規模を備え始めた。新型作戦力は著しく強まり、兵力の構成適正化は大いに進められ、近海における総合防衛力も基本的に形づくられ、遠海における機動作戦力の基礎が固められた。
60年間の建設と発展をへて、中国海軍は随時、安全脅威に応対でき、神聖な使命を履行できる海上の精鋭部隊となった。
1949年4月23日、人民海軍は滔々たる長江から海に向って困難な航海を行った。
青島にある海軍博物館は、中国海軍が川から海に向う困難な道のりを生き生きと展示している。
中央財政が非常に困難だった1954年に、中国は巨額の資金を調達して、旧ソ連製造の駆逐艦を4隻購入した。1962年、初めての国産潜水艦の開発に成功し、1971年、中国初の自力で設計・建造したミサイル駆逐艦「済南」が進水した。購入から自力製造まで、海軍の武器装備は迅速に発展階段に入った。
1981年、1年間神秘的に姿を消していた「済南」が、再び姿を現した。対艦攻撃ミサイルのほか、艦載機と衛星ナビシステムを備え、潜水艦対抗力と攻撃力が大いに高まった。そののち、中国海軍は急速にハイテクの道を進むようになった。
1990年代、「中華第一艦」と呼ばれた「ハルピン」――国産第二世代のミサイル駆逐艦が海軍部隊に入った。この艦はヘリコプターを搭載することができ、防空ミサイルシステムと対潜水艦攻撃システムも装備している。この新しいミサイル駆逐艦の誕生は、中国の戦闘艦が、マルチ用途、遠海作戦の方向を目指して発展することを示していた。
ここ数年、「中華神盾」と呼ばれる新しい国産ミサイル駆逐艦が海軍部隊に加えられて、艦艇部隊はマルチ防空能力を備えることになった。それと同時に、新しいミサイル護衛艦、ミサイル艦艇、駆逐艦、掃海艇、遠洋総合補給船も次々と海軍部隊に加わった。1970年に中国初の原子力潜水艦、1981年に中国初の国産ミサイル原子力潜水艦が進水し、1982年、中国は潜水艦水中搭載ミサイル発射に成功した。現在、中国潜水艦の数量と総積載量は設立初期に比べ数十倍にもなり、海上に固い防衛線をつくっている。
21世紀に入ると、海軍航空兵部隊は著しい発展を遂げた。作戦範囲がより広くなり、攻撃能力も強化されて、戦闘機「飛豹」と情報戦能力がより強い第3世代の戦闘機が、全面的に海軍部隊に装備され、全天候的な作戦能力を形づくった。新しい艦載機と海軍水面艦艇は密に歩調をあわせ、さらに海軍の潜水艦駆逐能力と攻撃能力を高めた。偵察機、給油機、爆撃機などの作戦能力も全面的に向上し、海上戦の制御権、電磁スペースの主導権獲得のための確実な基礎を固めた。
海軍の発展は止むことはない。海岸防衛部隊は、「ミサイル化」を実現し、ミサイル部隊は次第に高射砲部隊に取って代わり、海軍陸戦部隊は機械化・情報化を実現し、新しい水陸両用作戦装備がなされた陸戦部隊は、機動性能、上陸能力を全面的に向上させた。海軍の五大部隊の装備は全面的にアップグレードされたのである。