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菜の花の里をたずねて
文/福井ゆり子

 
 
 

 
 
 
桃源郷とは人口に膾炙された理想郷だが、ここ「菜の花」の里は写真家たちにとって桃源郷に違いない。初春の3月中旬、一面の黄色い菜の花のなかには、ご自慢のマイ・カメラを構えたカメラマンたちが点在し、ふだんはひっそりとしているだろうその里は、非常なにぎわいをみせていた。

 遠くの山すそから、はるか右手に小さく見える白壁と黒瓦の家々の集落まで、一面に広がる菜の花畑。山すそにあるのはいわゆる「だんだん畑」で、花の黄色とその茎と葉の、ちょっとくすんだような緑色とが交互にならんでいる。ところどころにある、だいこんの花の白色が、そのなかにアクセントを添えている。これらの菜の花は、なたね油をとるためのもので、なたね油の副産物、年に一度の黄色の大盛宴にひきつけられ、大勢のカメラマンがこの山里に押しかけるというわけだ。

さて、この菜の花畑のなかの村に入ってみよう。ここは、1周しても5分とかからないほどの小さな村である。村の中央には小川が流れ、その小川は生活用水で、洗濯場でもあり、炊事のための下準備の場所でもある。川のほとりには一枚一枚丁寧に服を洗っている人がいたし、民家の戸口付近に高く薪が積み上げられ、その隣には、その薪を使って燃やした火のうえに置かれたやかんが、さかんに蒸気をあげていた。洗濯するのもお湯をわかすのもスイッチひと捻り、という生活に慣れた私の目には、これらの日々の営みがとても新鮮に映る。本来生活とは、ひとつひとつそのように手がかかり、だからこそかけがえのないものだったのだろう。

さて、この山里は、陶器の町として有名な景徳鎮から車で40分ほど走ったところにある江西省の婺源(ウーユエン)県にある上暁起村である。婺源県一帯には春に咲き乱れる菜の花で有名な山里がいくつもあり、山のなかにもこのような村が点在する。舗装されていないガタガタの山道を車で30分ちかく登り、その途中、けわしい山肌が黄色い菜の花でそめられている箇所をいくつも通る。それを見て美しさに歓声をあげると同時に、よくもこんな高いところまで畑をつくったものだ、と人間の力に感心させられる。そして車がとまったところは、査平坦村という、天にも近い山上の村だ。

車を降りて村を散策する。泥や石でつくった素朴な家屋が並んでいて、何軒かの家の前を通り過ぎるともう村の外の畑にでてしまった。そこには山肌の急な斜面に菜の花やお茶などの畑がつくられていた。茶畑には新茶を摘んでいるおばあさんがいた。農薬をつかわず、手でひとつひとつ摘まれたそのお茶は、まさに天然の有機茶で、ほんの少量しかとれず、高価なものである。このような畑を多く持つ婺源は、中国十大緑茶のふるさとのひとつで、ここの緑茶はヨーロッパ市場に多く輸出されているという。

時はちょうどお昼、畑から家に戻る村民と何度かすれ違ったが、みな何やら緑の葉っぱを手にしている。このあたりでは、ヨモギやノビルなど、日本でもおなじみの野草が畑のあぜにたくさん生えている。そういった野草を摘んで家に持ち帰り、食事の一品とするのだろう。まるっきり日本と同じ野草に、少し懐郷の念をくすぐられる。そういえばこの湿度といい、山といい、日本の山あいの里と雰囲気が似ている。しかし日本ではこういう風景の多くが過去のものとなってしまった。

 婺源県は、現代の行政区分では江西省に属するが、歴史的には「徽州(安徽省の古名)」の管轄にあったため、村や家屋の造りは、安徽省・黄山付近にある世界遺産にも登録された宏村や西逓などの村に似ている。屋根には「うだつ」があり、白く塗られた高い塀に囲まれた石造りの建物で、内部には「天井(吹き抜けの空間のことを指す)」がある。そして安徽省の村々と同じように、この一帯も文化的レベルが高いところで、たくさんの科挙(隋代からはじまり清末まで続いた役人になるための試験)の合格者を生んでいる。科挙に合格すれば役人になれ、役人になればお金がもうかり、故郷に立派な家がたつという中国独特のシステムが、この辺鄙な村々に分不相応といっては失礼かもしれないが、驚くほど豪華な家々を生み出している。そういった家々を持つ村のひとつ、理坑村をそぞろ歩くと、立派な木の彫刻やらレンガ彫刻やらに驚かされる。「小姐楼(お嬢様の邸宅の意味)」とよばれる家があり、清末に建てられたこの「徽派」の典型的な建物は、欄幹や窓の彫刻がとても細やかで優美である。かつて、「お嬢さま」たちは家の二階だけが生活スペースであり、そんな狭い世界に生きる彼女たちをなぐさめるための、せいいっぱいの心使いなのだろう。この家の内部にはさらに花園も造られていたそうだ。

 最近、この「菜の花の里」、江西省の婺源県では、観光産業の発展に非常に力を入れている。婺源県県長の賀瑞虎氏は非常にエネルギッシュな人物で、自ら婺源のすばらしい自然と人々にほれ込み、広く世界中の人に見てもらおうと宣伝活動や観光施設の整備に力を入れている。将来的には北京から直通の鉄道も開通し、婺源に北京からたった4時間で着くことができるようになるとのこと。この素朴な雰囲気を守るために不可欠な環境保護にも力をいれていて、環境保護を基礎としたうえでの観光開発に取り組んでいる。県長が語るさまざまなレジャー開発のアイデアのなかでもとても魅力的に感じたのが、サイクリング専用道路の建設である。この素晴らしい空気をたっぷり味わいながら体を動かし、ゆっくりとアクティブな休日を楽しむことは、日々の生活に疲れた都会人に活力を与えてくれることだろう。

 

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