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より多くの子どもを飢えから救おう
――国連WFPのレソト親善大使を担当する「体操王子」李寧
文 楊 暁 李 同 写真 唐師増 陳 昭

1979年、国連世界食糧計画(WFP)は招きに応じて中国に入った。ここ30年もの間、中国政府とWFPは非常に効果的な協力を実施してきた。中国農業部(省)の資料によると、WFPは中国で70項目あまりの無償食糧援助プロジェクトを繰り広げ、約3000万人が直接の恩恵を受けた。2006年から、中国経済の著しい発展と食糧の自給自足の実現によって、中国はWFPの被援助国から援助国に変わり、WFPと中国の協力の新しい一ページが開かれた。

 李寧は中国では知らぬものがいないほどのスポーツ選手である。第6回体操ワールドカップで、男子種目のすべてでチャンピオンとなり、世界体操史上初のこの記録を打ち建てた唯一の選手で、「体操王子」と称えられた。広西の普通の教師の家に生まれた李寧は、幼い頃お腹いっぱい食べられないことがしばしばで、それは一生の忘れ難い思い出となっている。

 今日、ありし日の栄光と美しい思い出に固められた李寧は、成功した企業家・慈善家となり、ラストランナーとして北京オリンピック大会の聖火を点した。今の彼は、貧しい人々の運命に注目し、しかも彼らに援助の手を差し伸べている。彼の新しい肩書きは国連親善大使である。2008128日、中国政府は初めて世界で最大の人道主義機構――国連WFPを通じて、アフリカのレソト王国に100万ドルの食糧の無償援助を提供した。計1336トンの食糧が、200カ所の分配所で緊急援助を待っている地元の75000人に配られ、これによって彼らは3カ月以上、生活を維持できる。WFPの招きに応じて、李寧は親善大使としてレソトに赴き、中国政府の食糧援助に参加した。

WFPの職員と思われた世界体操のチャンピオン

 ハマクハウス村セントリオ健康センターは、レソトの都マセルの南部約15キロのところにある。健康センターといっても、簡易な教会堂、数軒の教室と赤土の広場しかない。夏休みの真っ最中だが、数百人の村民と数トンの食糧でここは賑わっていた。村民が正午の強い太陽もものともせず、翌月の食糧の配給を受けるために集まってきたのだ。

 8日の午前、レソト駐在の高徳毅中国大使、中国農業部国際協力局の姚向君局長と李寧からなる一行は、WFPの食糧配給所――セントリオセンターにやってきた。この180万の人口しかない国で、32万人が生活を援助に頼っている。WFPは中国が援助した100万ドルを使って、地元で1336トンのトウモロコシ粉を買い、地元の人々に援助を提供している。

 WFPのユニフォームを着た李寧が食糧配給所に来た時、村民たちは彼を普通のWFPの職員だと思い、中国では知らぬ者がいない「体操王子」だとは知らなかった。李寧は村民の中に入り、地元のことばで皆に挨拶し、親切に人々に食糧を手渡した。村民たちも、笑いながらこの見知らぬ温厚な中国人の顔を見て、嬉しそうに彼の手から「中国寄付」と書かれたトウモロコシ粉の袋を受け取って、彼らなりの身振りで感謝を表した。李寧も同様の身振りで答え、村民たちの笑いをさそった。

 セントリオセンターでは、4人の子どもが李寧の目を引いた。一番年上の子は12歳で、一番小さい子は4歳だった。見知らぬ人の前に出て子供たちは非常に緊張していた。李寧はポケットからキャンデーを取り出して、食べ方を教えた。するとまもなく子どもたちは緊張を解き、12歳の女の子は英語で李寧とおしゃべりを始めた。こんなキャンデーは今まで食べたことがなく、とてもあまいと、彼女はいった。そして、李寧に仲間たちを紹介した。その4歳の子の父親は交通事故で死んだと聞いた時、李寧はやさしくその子の頭を撫で、その目には限りない慈愛が浮かんでいた。そのうち、女の子は歌を歌い始め、男の子も歌声にあわせて体を揺れ動かし、そのようすはとても可愛いらしかった。

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