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「もう子どもにお腹が空いたまま寝させない」
「WFPが1979年から中国に10億ドルの援助を与え、数千万人がその恩益を受け、しかもそれがほとんど私の故里の広西の人々だと知った時、私はとても感動しました。それで、私はぜひ何かをして、WFPと中国政府に恩返しをしなければならないと思いました」と、インタビューに応じた李寧は語った。
食糧倉庫から配給所、または山間の孤児ホームまで、8、9日の2日間、彼はWFPを代表して数百人の貧しいエイズ感染者の孤児と交流を行い、食糧やわざわざ中国から持ってきた服、キャンデーを地元の人々に配った。子どもの食糧をじっと見つめる目つきを見て、彼は自分の小さい頃のことを思い出した。
「私の父母はどちらも小学校の教師でした。兄と妹がいる三人兄弟で、父母の給料は私たちをお腹いっぱい食べさせるのには十分でありませんでした。当時、食糧を買うには、お金と食糧券の両方が必要でした。私の家は、いつも食糧券があってもお金がなく、小さい頃はよくひもじい思いをしていました。妹が生まれてしばらくは、人から食糧を借りてやっと3人の子どもを食べさせていました」。
「私が8歳の時、広西チワン族自治区の体育工作隊が私を選んで体操の練習を始めさせました。父母はどちらも喜びました。まず、食い扶持が減って負担が軽くなり、さらに重要なことに、私が専門技術を身に付け、農村に働きに行く必要がなくなったからです。体育隊に入ってから、私の生活に変化が起こりました。毎日1元5角という『高価』な食事手当があって、もうひもじくなくなりました。しかも、毎月3元の手当を家に送金して家族の生活を補助することができました」。
「家族と友人たちの協力と国家による育成があったからこそ、私は今日の成績を収めることができました。だから、私は家族、友人および社会の援助を待っている人々の生活をよりよくする責任を持っています。私は中国政府とWFPが肩を並べて、レソトの飢えた人たちを援助する事業に喜んで参加しています。自分が参加することで、より多くの人々に中国政府とWFPがやっている慈善事業を知ってもらい、また自分が見てきたことを我が子に伝えて、世界では多くの人がまだ苦しい生活をしているということを知らせたいのです」。
「かつてのスポーツマンとして、私はバランスのとれた栄養が一人の健康と成長にいかに重要なことかを知っています。父親として、子どもがいかにわれわれの関心と支持が必要なのかを知っています。WFPはずっと中国の貧しい農民や家庭に援助を提供し、彼らが自給自足できるよう手伝ってきました。今日、私は中国が同様の方式で他国を援助できるのを見て、とても嬉しく思います」。お腹を空かせたまま寝る人々、特に母親と子どもたちのために、あなたがどこに居ようが、家がどこにあろうが、われわれは手を繋いで飢えと戦おうと、彼は呼びかけた。
「子どもはわれわれの希望です。レソトに生活している子どもたちも尊い生命と健康を享受すべきです。しかし、食物がなければ何もできません。中国は食糧援助によって、これらの子どもにこれからは餓えたまま寝させません。これはすごく意義のあることです」と、李寧は語った。
中国農業部国際合作局姚向君副局長は、中国は責任ある発展途上の大国として、国連のミレニアム発展目標を実現するために、国連の食糧援助事業により大きな責任を負うだろうと述べた。
WFP中国駐在代表であるアンシア・ウェッブは、中国は信頼できるパートナーで、引き受けたことはすべて果たすし、また現金で援助を提供してくれるので、融通のきく使い方ができ効率がよい、と語った。今年の夏、中国政府と共にアフリカで援助を再び行う予定である。
今後、中国政府はWFPとさまざまな協力を繰り広げる予定である。ほかの発展途上国と、30年間中国が農業と農村の経済発展・貧困援助などの分野で得た経験を分かち合い、WFPのプロジェクト実施のためにさらに多くの専門家を派遣する予定であると、中国の関係者は語る。