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2009年5月、春もたけなわの北京密雲。カラフルな熱気球が高くなったリ低くなったりして空に浮かんでおり、通りがかった大人や子供を興奮させている。7月に、第3回中国熱気球巡回試合がここで開催され、北京熱気球クラブの選手たちはそのための練習に余念がない。長い間、人類は大空を自由に飛ぶことを夢みており、最初の科学技術の発明から今や世界を風靡する航空スポーツにまで発展し、熱気球は「夢に一番近いスポーツ」と言われている。





夢が熱気球とともに飛び立つ
「自ら飛ばなければ、熱気球のよさを理解することはできないでしょう」こう言う左丹さんは、日本の佐賀県で行われた国際熱気球フェスティバル及び第24回太平洋熱気球選手権大会で2位を獲得している。これは目下、中国人の熱気球の国際試合で最もよい成績である。「空を飛んでいるとき、大自然と比べると、人間はひどくちっぽけだと感じます。でも、人類は知恵によって、翼がなくても空を飛ぶことができるのです」。26歳の左丹さんはかつてタクシードライバーだった。運転中、しばしばスピード違反で警察に罰金を食らった。飛行機なら警察の取り締まりから逃れることができるのにな、とずっと思っていた。偶然のチャンスによって彼は熱気球に出会い、それに夢中になった。「私は熱気球を操縦するには免許証のようなものが要ることを知り、2002年に北京飛翔熱気球クラブで勉強し、飛行免許証を取り、当時中国航空協会で最年少のメンバーとなりました」。2002年10月6日、20歳の左丹さんは中国青島国際熱気球競技大会に参加し、彼が操縦する熱気球は18カ国の58の熱気球の中で抜きん出て、最年少選手でありながらも8位を取った。
「熱気球はレジャースポーツで、風と同調するので、カゴの中に坐っているとエレベーターよりも揺れません。高い空で青空と白い雲に融けこんでいると、本当の自由を感じます。私たちはときどき低空飛行をし、湖面や木の梢を掠めて飛んだりします。畑の上空を飛ぶときには、人々が畑仕事の手を休めて、微笑みながら手を振ってくれます。都市では、私たちは高いビルと同じくらいのところを飛びます。ビルの中の人々まで良く見えて、その人たちが興味深げあるいはびっくりしてこちらを見ているのが見えます。そのような感覚はほかのいかなる航空機器でも味わうことはできないでしょう」。
左丹さんは現在、陽朔で友人とともに熱気球体験を行う会社を経営し、毎日国内外の観光客を乗せて空中から陽朔の美しい風景を見学させている。「熱気球に乗る多くの人はアマチュアカメラマンで、空から陽朔を見下ろして、一風変った感覚を味わっています。観光客は空中で賛嘆の声を発しますが、それは陽朔の美しい風景に対してだけではなく、熱気球に対してでもあります。このような方法で人々の間に熱気球を広めることは、自分の事業と趣味を結びつけることでもあり、とても楽しく感じています」と左丹さんは語る。