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少年の修行者
――チベットゴンガ県チェトク寺を訪ねて
文と写真/尚 力

ふだん、チェトク寺の朝の鐘は7時に鳴り、 少年僧たちはさっと顔を洗って歯を磨いてから朝の修行をしに経堂に向う。そこで、彼らは念仏を唱えながらバターティーを飲み、終わりに近づくと、ツァンパ(ハダカムギを炒って粉にしたチベット人の主食)を食べることもできる。これらのバターティーとツァンパは寺が提供する。経費は信徒たちの喜捨か、寺がもらった布施に頼っている。朝の修業では、少年僧たちは大きい声で経文を暗誦しなければならない。経文暗誦の流暢さから、その人の勤勉さが分かる。夕食後8時から、ラマ僧たちの夜の修業の時間となる。それは正殿二階の経室で行われ、ここは、灯が暗く仏学院の講経堂よりかなり粗末である。そこで小僧たちは自由に座り、一緒に経文を唱える。修業を見守っているのは、一人の年寄りのラマ僧で、年のせいか暗い灯のせいか、年寄りのラマ僧はいつもうとうと居眠りする。少年僧のなかにはそれにまぎれて携帯で遊んだり、読経をやめてしまったりする者もいる。普通の子供とまるで変わらない。

あるとき、ある僧が数十冊の分厚い経書を指差して、出家して10年目になるラマ僧は、これらの経文をすべて暗誦することができると言った。それを聞いて私は驚いたが、そのラマ僧はすぐその場で暗誦してみせた。私はそれを聞いてショックを受けた。修行とは、すぐに成し遂げられるものではなく、長年にわたる努力と勉強の結果なのであろう。

現代化は拒まず

20088月、ドジェとツァシという二人の少年僧が寺の正殿で1カ月間の当直についていた。その期間中、彼らは朝と夜の修業に行かず、その替わり正殿にずっといて、夜も正殿の一角に置かれた当直用の仮ベッドで寝る。当直の仕事は、まず正殿の財産の安全を守り、殿内のバター灯が消えないようにバターを足し、仏像に供える水を取り替え、毎日の定時の念仏法要を順調に行えるようにすることである。当直期間、2人の朝食と昼食は、正殿まで届けられる。ベッドの近くに置かれている薄型のDVDは、彼らの暇つぶしの唯一の道具となる。わずかしかない数枚の流行曲のディスクが繰り返し流される。その曲をドジェは早くもすらすら歌えるようになっていた。私がきたため、ツァシは漢語に興味をもった。私に簡単な会話を教えてもらい、毎日漢語のピンインもまじめに学んだ。中学校を卒業してから出家したドジェは、背がツァシほど高くないが、漢語をとても流暢に話し、基本的な会話と簡単な読み書きには問題がない。彼は観光客の「蒋おばさん」が書いてくれた手紙を取り出して、面白そうに読んでくれた。

16歳のドジェは故里がシャンナンで、中学校を卒業してから出家した。出家の理由を聞くと、彼はこう答えた。自分が修行に努め、将来えらい僧侶になってほしいと親は希望している。出家して親はとても嬉しそうで、よく面会に来ていたが、最近は忙しいのか、そんなに来なくなったという。

8月の中旬、寺は盛大な法要を行った。すべてのラマ僧は身なりを整え、線香を手に持って、念仏しながら村を一周した。村の妖気を追い払い、豊作を迎えるための法要である。その後、ラマ僧たちと村の教師とは寺から遠くない林の中で昼食をとってお茶を飲んで念仏する。すこし休憩して儀式は終わりだ。

法要が終わると、ラマ僧たちは一カ月にわたる秋の休みを迎えた。休み期間中、朝の修業はなくなり、ラマ僧たちは連れ立ってラサ旅行や買物に出かけたり、親友を訪ねたりする。チェトク寺がバルコル街にある付属寺――ムルインバ寺は、その恵まれた地理的条件によって、チェトク寺よりも名が知られている。ラサに来たチェトク寺のラマ僧たちは、必ずここも訪れる。ムルインバ寺で、僧服をぬいて普段着に着替えた数人の少年僧を私は見かけた。青春のはつらつとした活発さが無邪気な顔にあふれている。誰も彼らがラマ僧だとは思わないだろう。

 

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