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粤劇劇団の公演現場
舞台前の広場は観劇の村民に埋め尽くされている。わざわざ数キロも歩いてきた村民もいる。
小さい頃、節句ごとに粤西(広東省の西)の村々では、さまざまなお祝いの伝統行事が行われていたが、私がもっとも印象に残っているのは村で開かれた粤劇の上演である。



このあたりで生まれ育った私は、粤劇の曲のなかで大きくなったといえる。お祭りの日には、村の廟のまえに仮設の芝居舞台がつくられ、劇団を呼んできて上演が行われた。劇の道具を入れた木の箱、電線にくくりつけられた大きな裸電球は、田舎の子どもの好奇心をそそるのに十分なものだった。舞台のうえをはしゃいで走り回ったり、舞台裏にしのびこんで役者が化粧をしたり、発声練習をしたりするのを覗き見たり、劇団のさまざまな小道具をいじり、たまにこわしてしまったり、子どもの頃の一番楽しかった思い出である。
粤劇の変遷
1950~60年代、広州、東莞などの都市にはプロの粤劇劇団が多くあり、その上演時には空席がないほどの盛況であった。田舎にも多くの民間の劇団があった。民間でお祝いごとがあるときはいつでも粤劇劇団が呼ばれ、興を添えた。
しかし多くの伝統芸能と同じように、粤劇劇団もしだいに衰退の道をたどった。テレビなどの現代的な娯楽道具がどんどん普及し、プロの劇団はしだいに成り行かなくなった。都市の劇団はどんどん解散してゆき、一部の片田舎で粤劇を熱愛する人々が自ら劇団を組織して、粤劇の最後の「砦」となった。ふつう、これらの劇団は個人が経営し、劇団員は広東省各地、おもに珠江の三角州一帯の農村から集められた人々である。彼らは広東省の田舎で一年中活躍しており、粤劇の小品や編劇を上演している。