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粤西の海に面したある小さな漁村で、私は偶然、民間の粤劇団に出会った。彼らを見て、子ども時代の粤劇に関する思い出が、鮮やかに脳裏によみがえった。
夜、劇が始まる時間になると、村の空き地に立てられた仮設舞台は明るい光に照らし出された。夜ご飯をすませた村民たちは、腰掛を小脇にかかえて次から次へと舞台前の空き地に集まってきた。たちまち広場は人でいっぱいとなった。何キロも歩いて隣村から劇を見に来る人もいた。子どもたちが一番楽しげで、上演が始まるまで、空き地で追いかけっこをしており、明るい笑い声があたりに響きわたっていた。
ドラの音とともに、上演が開始された。名のある役者たちでもなく、すばらしい演技でもなく、舞台装置も非常にそまつなものであるにもかかわらず、役者たちは役になりきっており、観衆もすっかり魅入られている。
舞台のうえで熱演が行われているとき、楽屋にいる役者もあわただしく過ごしていた。楽屋といってもビニールシートで囲ってあるに過ぎないが、業界のきまりとして、役者はすべて自分で化粧をする。何人もの若い女の子が鏡の前で真剣なおももちで化粧をほどこしている。まず顔全体におしろいを塗り、目のまわりやほおにほお紅を塗る。続いて黒い色で眉毛を描き出す。彼女たちは化粧をしながら笑い声をたてている。その傍らでは、何人かの召使役の女の子たちが、かつらをかぶり、鮮やかな衣装を着て、鳥の羽根がついた帽子をかぶっている。幕間にひとりの若い青年役者が携帯電話でショートメールを打っている。化粧をおえたばかりの二枚目役の役者はまだ衣装を着ておらず、鏡の前で上半身裸のままである。舞台を降りたばかりの老人役の役者は疲れた様子で衣装箱のうえに座り、たばこをふかしている。うすぐらい灯りのもとで、女形の老け役の役者は、空いた時間に衣装をつくろっている。幕間にひとりの老人の琵琶師が、古い琵琶をかかえて椅子にすわって目を閉じて休んでいる。
彼らとおしゃべりしているあいだに、この劇団は20人あまりの規模で、最も年をとった役者は60を超えており、最も若いものは15歳にも満たないということを知った。彼らはひとつの村から別の村へと、一年中広東省の農村一帯をめぐり歩いている。このジプシーのような放浪生活は、「粤劇の振興」という大いなる理想のためではなく、単に生活のためだと言う。
今ではこのような民間の粤劇劇団は多くはない。生き残っているものも、がけっぷちで懸命にもがいているに過ぎず、このような劇が見られなくなる日がいつくるのか、誰も知らない。