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河南省洛陽市嵩県旧県鎮西店村。子供が大人によって上閣に載せられる。 上閣に2人の子供を乗せるのは、難度が高い。 いまや改装された小型トラクターを下閣として使う村もある。
2009年5月のある朝、夜が明けたばかりの河南省嵩県旧県鎮西店村の祠堂のぼんやりとした灯の下で、何人かの年寄りが絵筆で丁寧に子供の顔の化粧をし始めた。




「できた。」化粧をした男の子・女の子たちは『白蛇伝』などの古い物語の中の許仙、白娘子、穆桂英、楊宗保などの役者にそっくりになった。これらの幼い子供たちは、それらの物語はよく知らないものの、「背閣(芝居の人物に扮した子供を棒でかつぎあげる)」に乗り、人より高いところで、天にも登りそうな感覚を享受すると、思わずその気になってしまう。
地元の習慣に従って祠堂で儀式を行い、爆竹やドラなどを鳴らしたのち、芝居チームは出発する。彼らは県都の中を通り抜け、ある決まった場所に着くたびに、出し物を披露する。それは朝から午後4時ごろまで続き、背閣をする人とその上に乗っかる子供は出し物の合間にご飯をかきこむ。初めて背閣に上がった子供にはいろいろな笑い話が起きる。2歳の劉舒は朝早く起きたので、見せ場の前にぐっすりねてしまい、観衆の拍手やドラの音にも目を覚さなかった。
背閣
70歳の周进道は西店村の背閣の八代目の継承者である。「清の光緒三年(1877年)、河南孟州のかじ屋だった李装奇父子は孟州から転々と嵩県旧県鎮西店村まで、背閣を持って流れてきたのです」。
背閣は中国民間造型芸術に属し、その物語は主に民間伝説あるいは歴史に取材したものである。出演者の多くは中国の戯曲の中の「生、旦、浄、末、丑」という五つの役柄に扮する。上演形式は芝居の筋ごとに一組ずつ分かれ、さらに一組が上、中、下の三つの部分に分かれ、上部は「上閣」と呼ばれ、その出演者の多くは子供である。西店村では、家の子供が上閣の出演者に選ばれることは家族の誇りとなる。選ばれる子供は一般にいい顔つきや敏捷な体をしている。中部は「中節」といい、主に芝居の筋に合った小道具で、下部は「下閣」で、経験豊富で厳しい稽古や訓練を受けた成人が担当する。
中節は「背閣」の重要な一部で、鉄筋で作られ、曲がりくねった竜のようなもの、木の枝のようなものなどさまざまで、外にはいろいろな色を施したり、木の皮を貼りつけたりする。中節はしっかりと「下閣」の人の腰にくくりつけられたり、えりや袖口から伸びたりしていて、子供が「下閣」をする人の頭や腕に坐っているような感じにして、芝居の効果を引き立てる。
楽器の伴奏が始まり、上演が開始された。伝統的な背閣のなかでも難度が最大のものは「双垛」である。下閣は成年男子で、上閣に2人の子供を左右両方に乗っけるもので、バランスを取ること自体が難しい。