| 中国画報の購読 |



「送隴」という村は貴州省黔東南部ミャオ族トン族自治州丹寨県雅灰郷にあり、丹寨県でも最も原始的なミャオ族の部落である。送隴には多くの貴重な文化財があり、たとえば、古くて独特な給哈舞、古くて華麗な百鳥衣、「バイオリンの母」と呼ばれる古瓢琴などがある。




このほど、記者は60戸の民家しかないこのミャオ族村を訪ね、そこの独特な風俗と文化を記録した。
村に入ると、民族衣装を身にまとった人々が遠くから来た客を、歌や踊りで熱く歓迎してくれる。広い空地で、女たちは何重もの輪になって、緩やかで軽快な音楽にあわせて踊っている。
女たちは「給哈舞」または「古瓢舞」と呼ばれる踊りを踊っている。この踊りはミャオ族の田んぼの中で魚を飼ったり獲ったりする習慣からきている。魚を獲ったとき、女たちはいつも竹かごを胸の前で何度も振って、かごの中の泥や水などをはじく。この動作は「給哈舞」の主な動作の一つとなっている。ミャオ族は歌や踊りに長じている民族で、その多くの動作は日常生活から来るものである。生活用品も踊りの小道具としてよく使われる。たとえば、腰掛け、ちりとり、竹ざお、ブラシなどを、舞台の上でさっと一振りすると、急に生気をおびたすばらしいものと化す。
ミャオ族は歴史上、たえず移動を続けてきたため、給哈舞もほとんどがその途中で失われた。しかし、送隴村のミャオ族は長期間山奥に住んでおり、外界との往来は少なく、ほかの娯楽としての楽器や踊りもなく、この古い踊りが完全に残されてきた。地元の人によると、この踊りはすでに72代にわたって伝えられてきたものだという。
「百鳥衣」は「給哈舞」を踊るとき、ミャオ族の女性が着なければならない衣装である。スカートのすそには羽毛がつき、きらきらと光る銀製の帽子、かんざし、腕輪、ネックレス、イヤリングとよく釣り合っていて、ミャオ族の女性の服をより華やかに見せる。よく見ると、その服の上には、びっしりと数十数百にもおよぶ鳥の刺繍が施されている。それらの鳥の姿はみな異なり、飛んだり、立ったり、遊び戯れていたりする。そのため、「百鳥衣」と呼ばれている。
「百鳥衣」はミャオ族の鳥への崇拝から生まれたものである。ミャオ族の祖先は移動途中や定住後に、山中でいろんな鳥を獲って食物とした。そのことへの感謝の気持ちから、鳥への崇拝が生まれた。ミャオ族は鳥の模様を衣装に刺繍するだけでなく、さまざまな羽毛を衣装のすそにつけるのだ。
「百鳥衣」の制作過程は複雑だ。布地から裁断、クロスステッチ、刺繍、鳥の羽毛の貼り付け、裁縫まで、全制作過程が人々の知恵の一大集成ともいえる。その制作には時間がかかるうえに、特に複雑な模様の制作には念入りな計算が必要である。「百鳥衣」は一着2、3万元、仕立てのよいものは数十万元ひいては百万元まで達する。
しかし複雑なミャオ族の「百鳥衣」も、今や簡略化されている。もとは制作には100羽以上の鳥の羽毛が必ず必要であったが、今は100羽以上の鳥の羽毛で作られたものだけではなく、がちょうの羽毛を代わりに使うものもある。昔の「百鳥衣」は女性が大型の祝祭日だけにしか着なかったが、今や老若男女が祝日のたびに着る。地元のミャオ族が「百鳥衣」に凝るのは、古い文化習俗であり、美の表現でもある。
「給哈舞」を語るならば、伴奏の古瓢琴についても触れなければならない。古瓢琴は若者が踊るときにもつ道具で、踊りの中で伴奏に用いられる楽器でもある。古瓢琴は杉に彫刻が施された楽器で、形はひしゃくのようで、琴の本体は短く太く、弓と弦はシュロの繊維で作られている。農閑期に、ミャオ族の男性たちは材質のいい丸太を切り、中央線を引いて、木材の内部をくりぬいて余分な部分を取り除き、一枚の板で蓋をして、琴の本体が出来上がる。それに弦を張ると、古瓢琴の美しい楽曲が村の中に流れ出す。ミャオ族の素朴な歌声と軽快な踊りが始まるとき、さまざまな生活の悩みはすべて忘れ去られ、目の前の青々とした山と川が忘れられない想い出を人々に残すのだ。