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騎楼とは中国南部の広東、広西地方特有の建築様式で、2階から上が歩道の上に突き出てアーケード状になっている建物のことである。家の前にアーケードを造り歩道としているので、通りに面する店舗の二階以上の部分が突き出ていて、遠くから見ると歩道の上に跨っているように見えるので、「騎楼」と呼ばれた。騎楼は屋根、母屋、アーケードの三つの部分からなり、多くは三、四階建てで、一階は店舗とされ、二階以上が居住空間とされる。これは中国南方の多雨で多湿の気候に適応した建物で、おもに商店が密集する場所に建てられた。



広西チワン族自治区東部にある梧州市は北回帰線の上に位置し、夏が長く多雨で湿度が高く、広西地区の有名な貿易都市・港でもある。梧州には一つの古い市街があり、そこには騎楼の大規模な密集地があり、建築形式や装飾が多様で稀にみるものである。
史書によれば、梧州の騎楼建築は早くも19世紀末期に現れている。1897年、梧州は貿易港として開港され、まもなく商人が集まる、中国南方の珠江流域でも著名な貿易都市となった。ここは当時、中国最大の内陸の河港の一つであった。外界との連絡や多元文化との衝突は梧州の建築の発展を速め、シンガポールの牛車水(チャイナタウンの名称)、広州の上下九路一帯と同じ流れをくむ梧州の騎楼は、その時流にのって誕生した。1921年10月8日、孫文は北伐をおこなうため梧州を経由し、梧州市政府を設立した。このときから騎楼の建築は急増した。今や梧州には騎楼が立ち並ぶ街道が22本、その総長は7キロメートルにもなり、その中でも最長の道は2530メートルで、騎楼建築は560軒ある。
この町を散策すると、素朴かつ荘重な雰囲気を感じる。アーケードの柱や小さく開かれた窓すべてがここの歴史の変遷を物語っている。梧州の河東に立ち並ぶ騎楼建築は、古都梧州の長い歴史文化と嶺南文化、梧州の風土や人情の「生き字引」となっていて、梧州の輝かしい歴史と繁栄を記録している。
町の中央部に立って、遠くまで続く騎楼を仰ぎ見る。前には店舗、後ろには住宅、下には店舗、上には住宅という商業ビルと住宅が一体となった建築が目に入る。通行人がアーケードを自由に往来し、その外は車道で、通行人と車は分かれてそれぞれの道を通る。通行人は雨にぬれることなく、往来の車に脅かされることなく通行できる、先進的な道である。まだらになった壁をみると、騎楼の建築は主に鉄筋コンクリート構造であることが分かる。それは荘重かつ優雅で、浮き彫りやギリシア風の柱、アーチ型の窓は中国の伝統的な様式とヨーロッパの古典建築様式とを有機的に結びつけている。騎楼の外壁には中国建築の伝統要素である飾りがついた窓やレンガ彫刻などが見られる。
梧州は西江、郁江、桂江という3本の川の合流点で、広西の水の80%は梧州を通過し、ここは古くから水と切っても切れない縁がある。昔から、洪水がおきても市民は慌てることはなかった。水が玄関まで来ると、何枚かのレンガを敷き、商売を続ける。水が二階まで来ると、人々は船を鉄の輪に結び付け、窓(または水門)から出入りして船に乗って出かけた。
騎楼群の中を通ると、その道際にさまざまな市井文化を表す彫刻作品が置かれていた。その中でも「艇仔粥」という作品が印象深い。1人のおばあさんが右手のお盆に茶碗を載せ、その左手は下に置かれたたくさんのお碗のうえにある。彼女は体をちょっと前へ傾け、よい香りがする「艇仔粥」をお客にさし出しているようだ。「艇仔粥」は梧州で最も地方色をもつ軽食である。油で揚げたピーナッツ、揚げた裂きスルメイカ、揚げビーフン、レタスの千切り、クラゲの千切り、豚の内臓などを食べる直前に茶碗に入れて、それに新鮮な薄切り魚をのせ、熱々のお粥を注ぎ込むのである。このお粥は鶏やアヒル、新鮮な魚の骨を煮てだしをとったものである。それからコリアンダー(中国パセリ)、ネギの千切り、シソの葉をのせ、最後に干しエビの卵をひとつかみ入れ、ゴマ油を数滴たらし入れ、あつあつの香りがよい「艇仔粥」が出来上がる。このお粥は「艇仔(長さ4メートルの船室には板が敷かれ、中部あるいは中後部に雨よけをつけた小舟)」の上で売られるため、「艇仔粥」と呼ばれている。
ここの通りに面した家屋は今でも商業の伝統を保っている。南北各地の商品がここに集まり、商売の首尾は商人の微笑から見てとれる。この道にある第一軒目の店舗を経営する曾さんは、騎楼で10年も苦労して店をいとなみ、着実に商売を拡大してきた。ここで店を経営するのは、ここには商業の伝統があり店舗が集中しているからで、さらに、環境もいいし気持ちがよいという。当然それは商売にもつながってくると、曾さんは語る。
歩き回るうちに夜もふけ、店の灯りがこうこうと点るようになった。ご飯の後の散歩か、街をゆく人も増えて、きらめく灯りと人影、歴史と現実が交差して、夢をみているかのような気分にさせられた。