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「イースターエッグは芸術を高度に含んだ習慣で、人々は自分の愛情や夢、憧憬を卵に描き、魂と芸術を合体させたものなのです」と董保国は言う。
6年もの間、董保国は300あまりのエッグアートを作り上げ、100あまりを売り出してきた。そのなかで単価が最高のものは1500元にも達した。「その最も高価な卵は注文品でした」07年の旧正月、董保国が縁日に店を出したとき、彼の店の前で卵に見入っている客がいた。4月、この客は彼をふたたび探し当て、董保国にひとつのエッグアートを作ってくれるように頼んだ。董保国は長いこと考えた挙句、ダチョウの卵を選んだ。この卵に4つの門をあけ、門には人造ダイヤモンド、ふちには真珠を嵌め込んだ。卵の内部にオルゴールをおき、てっぺんに小さな花をつけて、花のうえに大きな真珠を飾った。さらに装飾を加えたのち、あでやかなダチョウのエッグアートが誕生した。「この客は品物を受けとったとき、長いこと呆然と見つめていて、きれい、きれいと連呼していました。「今思い出してもちょっと得意になる瞬間ですね」と、董保国は笑いながら語る。
董保国のもっともご自慢の作品は、ガチョウのエッグアートである。08年の建国記念日の前に、董保国が招待に応じた代理店の店内にあったコンピュータで、彼は驚きのイースターエッグを見た。「代理商はこれがイギリスのエリザベス女王のもっている4つのイースターエッグのひとつだと言いました。私はそのとき非常に注意して見て、どの図案も模様もみな記憶しました。家に帰ったのち、董保国はすぐさまその図案を記録し、ガチョウの卵を使ってそれを再現しようとしました。水色の珠に赤い人造ダイヤ、白い梅の花と一つ一つの木の葉が彼の手によって生き生きと再現された。そして吉祥如意を意味するエッグアートがその後何時間かの努力ののち完成した。
現在、董保国は家でエッグアート作りに専念している。足が不自由な彼と80歳の父親はお互い寄り添うようにして生きている。「エッグアートを一つ作りあげるたびに、父が初めての観衆となります」。毎度の父親の「きれいだね」の一言が彼には大きな励ましとなる。なるべく外出をせず、エッグアート作りの材料を買いに行く以外はほとんど家にいる。「たくさん歩くと足がすぐに痛くなるので仕方ありません。でもだからこそたくさん創作の時間がとれるのです」未来に対して、エッグアートの達人は非常に楽観的である。
ミニ知識:ロシアのインペリアル・イースターエッグの歴史は古い。ロシアのアレクサンドル3世は皇后への復活祭の贈り物として、お抱え宝石商であるファベルジュの職人ピーター・カール・ファベルジュに、ひとつの精緻なイースターエッグを作らせた。初めてのロシアン・インペリアル・イースターエッグはこうして生まれた。こののち、毎年復活祭のたびに、ロシア皇帝は妻に精巧なイースターエッグを贈るようになり、この習慣は1917年にロマノフ王朝が倒れるまで続いた。どのイースターエッグも金銀で飾られ、宝石がたくさん嵌め込まれており、卵の中には美しい人形が入れられている。