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人民大会堂の50年
文 譚星宇

北京の心臓である天安門広場の西側に、敷地面積15万平方メートルの大型建築物が聳え立っている。12本の薄鼠色の大理石の柱、黄と緑の瑠璃瓦の屋根、正門の上方にはめ込まれた中華人民共和国の国章が、いずれもこれが普通の建築物ではないことを示している。これは人民大会堂であり、中国の最高権力機構としての全国人民代表大会の会議を行う場所である。

19599月、広大な人民大会堂が完成し、使用が開始された。今年でちょうど50年となる。この50年間に、中国には大きな変化が起った。中国の多くの重大事件の発生地として、人民大会堂は最もよい証人であり、それ自身も時代の変化にしたがってたえず変化している。

19588月、中華人民共和国成立十周年を祝うために、中央政府は北京に十大建設工事を行うことを決定した。人民大会堂、中国歴史博物館、中国人民革命軍事博物館、全国農業展覧館……。これらの建物は中国現代建築史上の傑作となった。人民大会堂は最も人々の注目を浴びた建築工事で、19581028、人民大会堂建築工事は正式に起工し、10カ月と14日間で順調に完成した。正式プロジェクトとしての立ち上げから、企画、設計、用地確保、起工、建設、内装工事、完成・使用まで一年足らずでこの171800平方メートルの人民の宮殿は建てられ、世界建築史上でも稀な例となった。

短い工事期間内にこの重大な建築プロジェクトを完成させるために、全国が一丸となって工事にとりくみ、それは、時代の特徴を十分に現していたといえよう。政府の強い働きかけによって、全国各地から積極的に労働力や物質の支援が行われた。北京の30にものぼる部門の1万人あまりと全国17の省・市からの建設者が人民大会堂の建築工事に参加した。23の省・市がさまざまな建築材料を提供した。首都の政府機構の幹部、学校の教師や学生、市民が余暇を利用して建設工事に参加し、それはのべ30万人にも達した。当時建設に参加した北京市民の回顧によると、工事現場の仕事は誰でも参加できたわけでなく、職場でも成績が優秀なスタッフしか参加できず、それは大きな栄誉であったという。

何万人もを収容できる大会堂の建設は、中国の政治制度が必要としていたものであった。中国の憲法の規定によると、中華人民共和国全国人民代表大会は国家の最高権力機構で、各省・自治区・直轄市と解放軍が選出する代表からなる。関係法律に基づき、全国人民代表大会は毎年一回全体会議を開催せねばならず、大きな場所が必要となる。1950年代にはそのような場所がなく、人民大会堂の建設は必要に迫られたものであった。

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