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10カ月で完成した建築の傑作
文/譚星宇

 

 

予測できない困難 

設計があわただしく進行する中で、前期工事の準備も着々と進んでいた。19581028日、人民大会堂の建設工事が正式に着工した。数万にのぼる労働者が全国各地から集まり、大会戦が始まった。

後に北京市副市長となる張百発は、当時人民大会堂を建設する労働者の一人だった。当時、彼は青年突撃隊を率いて、3交替で昼夜を分かたず工事を行った。全国が総力を挙げて工事の進行を助けたと、張百発は回顧する。工事には、長さ5.6メートルの鋼材が必要とされたが、張百発たちが直接、鞍山製鋼に電話すると、製鋼工場は5.6メートルの鋼材を作ってくれた。また、工事で貴州省産のクスノキが数10立方メートル必要とされた。地元の人々は、人民大会堂が使うと聞くと、自家の一番よいクスノキをトラックに積み上げ、一銭も受け取らなかった。当時、北京市民の人民大会堂建設工事のボランティア労働熱も高かった。張百発たちに協力した政府機関は、新華社だった。人手が足りなくなると、200人以上の記者が工事現場に行って鉄筋の運搬を手伝った。

しかし、この大規模な工事では、避け難いさまざまな困難にぶつかった。ある日、工事現場の南西隅で働いていた労働者が、数個の丸石を掘り出した。最初は誰も気にとめなかったが、出土する丸石はますます多くなった。そののち、一本の古い河床が現れた。歴史・地理学者の侯仁之の考証によると、この「神秘的」に天安門広場に現れた古い河床は、遼・金時期の永定河の河床であるという。うまく処理しなければ、柔らかい河床は重い建築物に圧迫されて徐々に沈み、最後には計りしれない問題を引き起こすこととなる。そのため、工事の中止が余儀なくされた。専門家の検討を経て、古い河床に特殊な箱形の基礎を入れ、建築の安全性を守ることとした。結果からみると、この複雑な地形に取り入れられた措置は実に適切だったことがわかる。

19598月末、人民大会堂の工事はわずか10カ月間で全面的に完成した。910、人民大会堂の落成式が行われた。

今回の報道のために、本誌記者はコレクターの趙慶偉を訪ねた。趙は北京の古い写真をもっとも多く集めているコレクターで、手元には30万点の古い写真を収集している。記者は彼のコレクションのなかに、人民大会堂建造に関する写真をたくさん見つけた。長い間眠っていたこれらの写真は、人々に人民大会堂建造当時の紆余曲折を物語っている。「私が集めた当時の書類を見ると、当時の工事の品質管理は非常に厳しいものでした。50年が過ぎましたが、人民大会堂の建築の質は依然としてすばらしいものです。わずか10カ月で完成したこのような大規模な建築が、時間の試練にも耐えているのは、容易なことではありません」と、趙慶偉は語った。

 

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