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牛街のモスクには多くのアホンが礼拝に参与・主催している。ここで22年仕事を続けてきた尹国芳は昨年、北京オリンピックの宗教サービスに携わった。オリンピックの期間、尹国芳と牛街モスクのもう一人のアホンとともに、オリンピックの宗教センターに駐在した。当時、計15人のアホンと1人の管理者の計16人がイスラーム教人員がオリンピック村のムスリム選手のためにサービスを行った。彼らのおもな仕事内容はモスクに行く時間がないムスリム選手のために宗教的指導をおこない、礼拝の手助けをすることである。
モスク内部には千年にわたって祈りの声が響き渡っているが、モスクの外はあわただしい俗世間である。牛街の街角は緑の木蔭がおち、さまざまな現代建築とイスラーム式建築がまざりあっている。ムスリム専用スーパー、回族専用の病院や中小学校、ムスリム葬儀管理センターなどすべてがそろっている。「全国各地のムスリム食品をここのムスリム専用スーパーで、すべて手に入れることが出来ます」と、薛天利は笑いながら語った。
メモ 牛街のモスク(清真寺)
牛街は北京で最も有名なイスラーム教徒たちが集まり住むところで、牛街のモスクは中国中にその名が知れ渡る。
牛街のモスクは北京で最も歴史が古く、規模が大きいモスクであり、世界でもその名をとどろかせるモスクのひとつで、全国重点文化財に指定されている。モスクは遼代の統和14年、つまり北宋至道二年(996年)に建築が始まり、明の成化十年(1474年)に「礼拝寺」という名を賜った。
牛街のモスクは遼朝に仕えたアラビアの学者が建てたもので、元・明・清の王朝のときに拡張・補修工事がなされ、全体が対称的に配置されている。建築物は順序よく中軸線にそって並んでおり、中国古典宮殿建築とイスラームのモスクの様式が結合した独特な中国式イスラーム古建築群である。
このような古い歴史をもつモスクは、今でも強い生命力をもち、北京のムスリムの主要な宗教活動の場所となっている。2002年、政府は2000万元を投資し、牛街のモスクの大修復をおこない、敷地面積も今までの4700平方メートルあまりから8900平方メートルあまりと増え、最大収容人数も5000人となっている。