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凌智小学校の子どもたち
動画の内容は、このようなものである。
シーン1:「来月私はどこで勉強するの?」
「おじさん、私たちが一緒に写っている写真をとってよ。それじゃないと何人か、またすぐいなくなっちゃう(故郷に帰るまたは転校する)。」放課後、何人かの子どもが私を呼びとめてこう言った。彼らの顔をレンズを通して見ていると、私はなんとも切なくなってきた。真ん中にたつ女の子は江娟といい、いま5年生だ。先月ほかの学校から転校してきたばかりで、彼女の父母は工事現場で働いている。その工事現場が終了するとまた転校しなければいけないので、彼女もせっかく仲良くなった友だちと別れて、新しい学校に行かなければならない。
学校に対して、江娟はとても満足している。「でも、おとうさんは、来月にはまた越さなければならないと言っています。来月のいまごろ、私はどこの学校にいるんだろう?」ここまでいって、江娟は大人のように大きなため息をついた。こんなに小さいうちから彼女は生活のやるせなさを味わっているようだ。
シーン2:13歳の子どもが小説を出す
2006年5月、8万字の漫画小説『七色の戦士』が文聯出版社から出版された。作者の于焕超はまだ13歳の少年で、凌智小学校の卒業生だ。于焕超が「著作」を手にしてまずしたことは、母校に行って、この本を先生や小学校の仲間たちにみせ、みんなでこのよろこびを分かち合うことであった。この小説は今にいたるまで凌智小学校の生徒たちの間で読み継がれており、すでに高一となって、第四回中学生作文コンクールで省クラスの特別賞を授賞した于焕超は子どもたちの憧れの的となっている。
実際、于焕超のような子どもは凌智小学校では希な存在ではない。困難が大きければ大きいほど強い力を発揮するかのようで、凌智小学校のなかには、作文コンクール3等賞を授賞したり、市や区の「三好学生(思想・学習・健康ともにすぐれている学生・生徒)」に選ばれたりする生徒も少なくない。
シーン3:わたしの1日
私の1日。「朝3時に、お母さんと一緒に起きる。歯を磨いて顔を洗ったあと、私とお母さんは2.5キロ先の雲亭市場に野菜を仕入れにゆく。野菜を仕入れた後、私とお母さんはいっしょに大八車を押して、野菜市場に行く。そのあと私は家に帰って、弟に朝ごはんを作って、私も食べる。朝ごはんを食べたら、市場へお母さんを朝ごはんに呼びに行く。お母さんが朝ごはんをたべたら、私と交替する。そのあと、私はかばんを背負って、学校にいく。お昼に授業が終わると、家に帰ってご飯を作る。弟と私がお昼を食べ終わったあと、また市場にいって、お母さんを呼びに行く。お母さんがお昼を食べて戻ってきたら、私は学校に戻る。夕方、学校がおわると、家にもどって晩御飯をつくりながら、宿題を作り弟の世話を見る。お母さんが野菜を売り終えて帰ってくるのをまって、いっしょに晩御飯を食べる。晩御飯のあと、私は寝ることができる。これが、私の一日です。
ここ数日、お母さんは学校にいっても何の役にもたたないので、野菜を売る手伝いをしたらいい、と言うけど、私は学校に行きたい。
これは、凌智小学校の毛天慧の作文である。
凌智小学校には、毛天慧のような子どもはたくさんいる。張芸謀の映画「あの子を探して(原題:一個都不能少、経済的理由のために農村の学校をやめた子どもを都会まで探しにゆく若い先生の話)」が何度も再現されているといってよいだろう。経済的原因で中途退学してゆく子どもたちに対して、学校はずっと「学費は後払いでもいいが、授業は後回しにしてはいけない」という原則を守っている。朱中繁校長によると、毎学期の420元という学費が納められない子どもが比較的多いとのことである。「でもわれわれは子どもの学費についてはとやかくいいません。お金がないために中途退学をさせるなどということはできませんから」。