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映画『モダン・タイムズ』の中で、チャップリンが毎日ベルトコンベアーでねじを回し続けている場面を覚えているだろうか。ねじは工業時代の産物であり、冷たくて無情のもののように見える。しかし、この冷たいねじ4人の中国の若者にインスピレーションをもたらし、彼らの手によってあらたな生命となり、「ねじ親方とねじ奥さん」が誕生した。





2007年、刁勇は部屋の掃除をしているとき、偶然使い古しのねじを見つけた。捨てるのももったいないと思い、これをなにか宝に変えられないか、創作に使えないかと考えはじめた。ある会合の席で、彼はこのアイデアを仲間に告げると、その場にいた劉堯遠、高媛、唐亮が興味を示した。4人はいとも簡単に意気投合し、グループを組んで、余暇時間を利用してねじに関する創作活動を行うこととした。彫刻を学んでいた堯遠、北京のある会社のクリエーティブ・ディレクターである刁勇、グラフィックデザイナーの高媛、デザイン会社を経4人は、みな芸術関係者であった。
4人の性格も異なっていた。唐亮にはユーモアがあり、劉堯遠はときに的確な総括を行い、高媛は慎重にそれを補う発言をし、刁勇は寡黙である。「私たち4人は性格はみな違いますが、意外なことにとても気があいます。ミーティングのとき、オリジナリティがありさえすれば、なんでもそれを取り上げて討論します。私たちがいっしょにいるときは、創作をしているというより、みんなで楽しい余暇の時間を過ごしているといったほうがふさわしいでしょう」と、唐亮は笑いながら言った。「みんなアマチュアなので、何のプレッシャーもなく、完成品への期待もなく、手もとにある物を寄せ集めているだけです」。最初の作品は、みんなの試行錯誤、からかい、論争の中で完成した。ソケットを胴体とし、ねじを手や足とした、かっこいい若者のような形となった。みんなが得意になっているとき、いつも細かい気配りをする高媛が「もう一人、仲間をつくってあげなくちゃ」といい、みんなの更なる創造意欲を掻き立てることとなっ
「どうして仲間が一人しかいないのかと聞く人もいましたが、実はその当時、不用なソケットが2つしかなかったからです。もっと多く材料があったら、一つの家族あるいは『六人組』にしたかもしれません」と、唐亮は言う。「最初からねじ親方とねじ奥さんという関係を決めていたわけではありません。夫婦でもカップルでも兄弟でも友達でもよかったのです。現在、彼らが夫婦だと言う人がもっと多いのですが、もしかしたら現代の社会では両性の矛盾がもっとも際立っているからかもしれません」。
小さなことでは満足しない唐亮の提案によって、「ねじ親方とねじ奥さん」はもとの大きさの10倍に拡大され、前者は高さ2メートル、後者は1メートル80センチとなったが、原型の細かい点はすべて残された。高媛のアイデアで、「ねじ親方とねじ奥さん」はそれぞれブルーとピンクの鮮やかな上着を着て、もとの金属色に代えた。「ねじ親方とねじ奥さん」は三villageや中関村、王府井大街でモデルとなり、中国のクリエィティブを示している
「ねじ親方とねじ奥さん」は次第に有名になり、まるでスターのカップルのようになった。漫画家が彼らをモデルに漫画を描いたり、ミュージックビデオに彼らが出現したり、さらに彼らを主人公に映画を撮る話までもちあがっている。これらの動きに対して、高媛は自分なりの理解を持っている。「ねじは工業時代の最も普通にある、そして最も無視されがちな部品であり、今のポスト工業時代に、ねじがほかの姿で生命を帯びて現れたのを見た人々は、感動して、触ったりそれについて知りたくなったりするのでしょう」。創作の成功について堯遠はこのように答えた。「『ねじ親方とねじ奥さん』は私たちの子供みたいなものです。創作をはじめたときにはもちろん期待もありましたが、それはそれほど強くなく、ただ彼らが健康で楽しく成長することだけを望んでいました」。