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今年3月、ある小学校に関する動画が、中国の有名なインターネットのトップペー2週間にわたって占拠をした。7日という短い時間内で、その動画は5000ヒットを超えた。
武漢の江漢区漢興街新松里社区内に、ひっそりと小さなビルがたっている。ビルのうえに中国の国旗が翻っていなかったら、ほかのマンションとまるで区別することができないだろう。ここがすなわち武漢市凌智小学校である。付近の小学校との最大の違いは、ここの生徒がすべて都市にやってきた出稼ぎ農民の子女であることである。
2009年の冬の早朝。9時ちょうどに、校門のある路地で、凌智小学校の子どもたちは日課である早朝体操を行っていた。「路地で体操するのは、おもしろくてとても嬉しい」と、湖北省漢川からやってきた4年生の馬くんは言った。しかし、この言葉はちょっと物悲しさを秘めている。子どもたちは広い運動場へのあこがれを語り忘れることはなかった。「学校が小さすぎるので、体育の時間もバトミントンくらいしかできず、みんな卓球やバスケットボールをやりたいと思っています
学校の教室は、どこも面積が30平方メートルに至らない、ある教室には50人、別の教室には40人がひしめき合っている。一番人数が多いのは一年のあるクラスで60人もの生徒がいる。教室の机は広さが50センチ前後あるけれど、全体がいかにもぎっしりという感じである。
一回の右側にある部屋が校長室である。16人の先生の共用事務室でもあり、学校の書類保存室でもある。部屋の片隅に音響設備がおいてあり、壁には「赤いネッカチーフ放送局」と記されている。屋上を入れると学校は5階建てで、今年は250人あまりの新入生がやってきた。学校の大きさも小さく、新入生は増える一方なので、学校はいまこまった状況に置かれている。運動場がなく、50平方メートルあまりの屋上が子どもたちの活動場所兼国旗掲揚広場となっていて、赤い国旗が風にはためいている。建物の周りは0.7メートルの高さのコンクリート塀になっていて、塀の上に0.8メートルの鉄の柵が最近作られた。学校がはじまってから10年というもの、小学校は何度も引っ越したが、屋上の国旗という伝統だけは変わらない。
家賃の上昇のため、08年10月、学校の投資者である孫紅楓はこの民間の住宅地のなかにあるかつての裁縫工場跡に学校をまるごと移転させた。
2年と6年のクラスは二階にあり、階段をのぼって二階にゆくと、まず小さな部屋があるのに気づいた。その部屋の入り口から2メートルくらいのところに50センチほどの高さの木の板があり、そのうえにはカップラーメンや文具などが並べてあった。「これが学校の購買部です」と馬くんは言う。2年と6年のクラスはその近くにあった。