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由緒ある嶺南文化
文/陳 飈 写真/段 崴

 

広州の個性

「伝統的な中原文化と西洋の文化を吸収した最前線として、また嶺南各地を伝播させる起点として、広州の嶺南文化の中心地としての地位は疑いありません」。かつて、広州の流行は嶺南地区ないし全国の手本となった。「広州にあることが、われわれにもある」という言葉が、広州人の誇りを表す言葉となった。広州の「飲茶(ヤムチャ)」の習慣は、たちまち珠江デルタ地域に広がった。孫文がつくり出した中山服も私たちの「チャイナ服」となった。広州の縁起をかつぐ習慣も嶺南地区に広まっている。他人の家を訪問するとき、手ぶらで行ってはいけない。広東語の「空」と「凶」の発音は近いから、不吉とされるためだ。関公(関羽)の刀は背中にあるので、関公像を東向きに置いてはいけない、そうすると敗れてしまうからだ。洋食も最初は広州で広まった。当時の広州では、コーヒーショップや洋食レストランが大人気で、炭酸飲料水やアイスクリームなどがすごく流行した。ダンスホールやナイトクラブも続々と開店し、しだいに全国に広がった。今広く使われている中国語には、広州っ子がつくった「打的(タクシーを拾う)」「買単(勘定)」などの言葉が定着して

昔、広州っ子は服装に凝ることはなく、かつては「食事は大切にするが服装には凝らない」のが当たり前だった。しかし今や「おしゃれのためには命さえ捨てる」にまで変わり、冬でもスカートを穿く人の姿が町中に見られる。しかし、多くの選択肢をもつ広州っ子は、流行を求める気持ちもほかの土地の人々とはやや異なる。改革開放されたばかりの頃、広州っ子が最初にラッパズボンをはき始めたが、数カ月後には、もう誰も履く人はいなくなった。しかし、北方ではラッパズボンは長く流行した。トランジスタラジオが中国に伝わったばかりの時、広州でも一時ブームとなったが、間もなく冷めてしまった。しかし、内地のある都市では、多くの人が長い間ラジオをぶら下げて町をぶらついて、自分の財産を見

改革開放以降の広州は文化の砂漠だと言う人もいる。徐南鉄は、中国全体の文化構成の中で、北京はもっとも高く聳え立ち、もっとも雄大で全面的であるが、広州は外国文化を中国に伝える前衛拠点の役割を果たしていると考えている。広州っ子は比較的着実で、体裁をそんなに気にしない。「広州っ子にとって、文化とは本を何冊出すか、シンポジウムを何回開いたかということではありません。彼らは実用を重んじていて、嶺南文化も同じように実用を基礎にする文化です」と、徐南鉄は総括した

 広州をお土産に

嶺南文化の現在の生存問題について、実用的な嶺南文化も時代時代の歴史的試練を受けなければならないと徐南鉄は語る。「多くの伝統文化が消えつつあるときにやっと、我々はそれを救おうと考えます。それを無理やりに広く流行させることは、現実的ではありません。書道を例にとりましょう。これらの実用性はどれくらいありますか? なんとも言えないでしょう。私が学校の先生だった時、ペンで字をうまく書けないのならば、ワープロで打てばよいと学生に言いました。しかし、毛筆の字はワープロでは打てません。今はソフトウェアの開発にしたがって、筆の字もコンピューターで打てるようなりました。そのために、書道は少人数の鑑賞品から一種の芸術にまで発展できるのではないかと私は考えています。多くの人を書道好きにさせるということも現実的ではありません。もちろん、すばらしい文化財は保護しなければなりません。嶺南文化に対しても同じ道理がいえま

「海外には数多くの広東人がいますから、多くの嶺南文化は外国で完璧に保存されています。例えば、広州の多くの粤劇団は消えつつあります。しかし、外国に公演に行くと、大きいセンセーションを引き起こし、高い収入を得ることができます」。

取材中、広州の数多くの建設中のスタジアムには、色濃い嶺南文化の特色があることに記者は気づいた。体操種目の芸術的魅力を示すために、設計者たちは翻るリボンのイメージで広州アジア競技大会城の総合体育館(体操、新体操、ビリヤード、スカッシュ種目の競技場)を設計することを決め、流線により嶺南建築の洒脱さを表そうとしている。広州自転車・スケートスポーツセンターの競輪館の設計は広東建築のスタイルを取り入れて、建物に東西に走る騎楼(1階に歩道と2階が突き出ているショップハウス)とそれぞれ南北に向いた通風窓をもち、嶺南建築の風格をあますところなく表現している。アジア競技大会の付属工事――嶺南水郷民俗建築と民俗風情ストリートは、嶺南の自然景観と民俗風情を演出していると、広州アジア競技大会総合体育館の設計者の一人、広東省建築設計院副総建築士潘勇は紹介してくれ

「広州をお土産にしてもらう」とは、陳釗文と彼が広州につくった広告会社が当初から宣伝している理念である。8年前、広州市政府のために2セットの絵葉書をつくった。一つは歴史上の広州で、一つは現代の広州だ。今まで、陳家祠や中山記念堂、白天鵞ホテルなどの多くの観光スポットで、一番売れ行きがよいお土産物はこの2セットの絵葉書だ。まもなく広州アジア競技大会が広州で開催される。彼らはふたたび「広州をお土産に」というスローガンを打ち出している。これ8年前と比べると、一種のバージョンアップ版で、それは本質からレベルアップされたものである。陳釗文は、アジアのほかの国ないし世界各国に、いかに「広州をお土産に」してもらうか、いかに嶺南文化をより多くの人々に知って理解してもらうかが、一番重要であると考

  広州はすでにアジア競技大会についてのたくさんの広告物を作り出しており、よい宣伝効果を収めている。しかし、もっとも重要なのは、すばらしいアジア競技大会、完璧なサービス、独特の都市風貌によって、世界の人々に広州をお土産にしてもらえることであろ

 

 

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