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中国の大地で2500年あまりも眠っていた孔子が、一晩で蘇ったかのようである。
この誰もが孔子を語る時代に、映画『孔子』の撮影が、人々の更なる話題となるのは不思議なことではなかろう。
実際、孔子の死後2000年あまりの間、孔子は終始歴史の渦中に置かれていた。
孔子の死後400年間、孔子とその儒学はそんなに人気があったわけではなかった。漢の武帝が「百家を廃除し、儒学だけを重んずる」時にいたって、孔子は皇帝よりも高名な思想的権威に昇格させられた。2000年もの間、孔子はすべての知識人の師であり、『論語』の中で語られる「仁義道徳」は、人が君子か否かの基準となったのである。
現代に至って、進歩的な知識人たちは欧米諸国に強国への方法を求めたため、皇帝の守護者としての孔子とその儒学思想は、封建的制度と共に打ち倒された。儒学はときに息を吹き返したこともあったが、孔子の聖人としての地位は基本的には失われてしまった。
1894年、初回の孔子文化祭りが孔子の故郷で開かれた。1993年、孔氏一族は初めて正式な孔子祭祀を行った。地元の役所が簡単な祭祀儀式を主催し、孔子の教育家・思想家としての地位が確認された。
2004年、孔子誕生2555年を記念する祭祀式典が、孔子の故郷である山東省曲阜孔廟で行われた。祭祀活動は地元の役所によって公的に催された。これは、新中国成立後の初めての公開祭祀であり、計3000人が式典に出席した。
ここ数年、海外の中国ブームの高まりにつれて、孔子思想は中国のカンフーと共に、中国文化の象徴として、より広く伝えられている。
2010年に映画『孔子』の公開によって、孔子とその学説はふたたびスポットライトを浴びた。
中国伝統文化の象徴としても、現代の心理カウンセラーとしても、孔子は確かに蘇ったのである。