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「今までどおり馬は駆け、ダンスを踊る」とは、20年あまり前、鄧小平がイギリスのサッチャー首相に対して「一国二制度」を説明するときに使った比喩である。これは、走る馬が中国人のなかで濃厚な異国風情をもち、神秘的な色あいを帯びていることを示している。1902年、湖北省の武漢で初の競馬が行われ、それは猛烈な勢いで発展した。中国中部の競馬場の中心である漢口には中国の三大競馬場があり、「東方の競馬場」といわれていた。しかし、すべての賭博類と同じ運命をたどり、競馬も1949年以後、2003年に武漢に競馬祭が復活するまで、禁止された。2008年末、武漢は国家の許可をえて、毎年9月から翌年の5月の毎週2日間、中国競馬公開レース(テストレース)を開くこととなった。
競馬はその独特なスリルで多くのファンを引き付け、競馬のプロ人材にも大いなる需要が生まれた。2008年9月、武漢商業サービス学院が中国の大学で初めて、3年制の競馬専攻課程を開設し、40人の募集枠に1000人近い応募者が殺到し、二度の追加募集をへたのち、最終的に94人の競馬専攻課程の学生を迎え入れ、2009年には120人を受け入れた。
23人の専門騎手の訓練
馬の毛をすき、えさをやり、シャワーを浴びせ、競馬の礼儀や規則を学び、馬に乗る練習をする。これらの専門性が極めて強い仕事は、競馬従事者の仕事であるだけでなく、武漢の214人の大学生の日常の課程でもある。全国の大部分の大学生が教室で講義を受けているとき、この214名の大学生は、課程の半分を厩と馬場で過ごしている。
騎手はとても注目されているハイサラリーの職業であるが、その道のりはとても厳しい。武漢商業サービス学院体育系主任の夏雲建によると、この職業は生まれつきの体格に左右されるとことが大きく、背が低く、体重が軽く、頑丈でなければならない。男女それぞれ165センチ、158センチ以下で、体重は50キロ、48キロを超えてはならず、両目の裸眼視力は1.0以上、骨格に問題を抱えていてはならない。さらに運動能力のテストをクリアする必要がある。学校の第一回の23名の騎手は94人の候補者の中から選びぬかれた人々で、そのうち11人が女性である。競馬は性区別がない競技ではあるが、国内の女性騎手はまだまだ少ない。この点に話がおよぶと、夏雲建は誇りを抑えきれない様子であった。
一人前の騎手を養成するのは、パイロット養成なみのコストがかかる。しかしこの競馬専攻の学生は学費がわずか4000元程度である。この安さの理由は簡単で、学校の競馬課程と武漢東方馬城が協力してコースを開いており、双方は協議に基き、東方馬城は競馬場の200ヘクタールの馬飼育場、練習場などを学生の訓練地として提供し、競馬専攻の学生は卒業後、協議にのっとって、馬城に就職することになっている。
北京出身の李欣鈺は騎手科を専攻する学生である。「以前、テレビで大連の女性騎馬警官をみて、かっこいいと思ったんです。それからずっとああなりたいと思ってきました」。李欣鈺は儀礼騎手の方面にすすもうと考えている。その理由は、競馬騎手は体力への要求が高く、男女騎手は区別なくレースに参加するため、同じ体重の場合、女性騎手はどうしても不利になってしまうからである。