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張暁航 武術は小さい頃から
文 原琳・陳亮

 

北京の知春路のあるオフィスビルの一室で、子供たちがさまざまな構えを行っている。その幼いハアというかけ声が、子供っぽさをかもし出している。張暁航は手を後ろに組みながら、ときおり子供の構えを直しつつ室内を歩き回っていて、その口元にはつねに微笑を浮かべている。部屋の壁には「崇武尚徳」という額がかかっている。

本当のところ、目の前のおだやかなこの中年男性をみて、すこし失望した。取材の前から張暁航の伝説は何度も聞いていて、彼は北京一の武術家だということだった。張暁航について3、4年練習すれば、4、5メートルのジャンプも可能だという。「たぶん、武侠小説の読みすぎでしょう。実際は武道をやっていても、みんなと同じ普通の人間ですよ」と、張暁航は笑いながら言った

張暁航は北京でも有名なカンフーの流派「張三門」の四代目である。自分の受け継いだ武術について話が及ぶと、彼の表情には隠しきれない誇りが現れた。「私の先祖は皇帝の警備人で、それはとても大変なことでした」。張暁航は彼の受け継ぐカンフーの起源は今から400年以上も前にさかのぼることができるが、その最盛期は清の同治年間で、彼のひいおじいさんである張長禎のころだという。彼は小さいころから武を好み、賢く、性格も豪快で、お酒を愛した。兄弟のなかで三番目であったため、「酔鬼張三」とあだ名がつけられていた。武術の名家に生まれた武術家にその武術の精華を学んだのち、「張三門」を設立し、その技を生かして宮廷の警備人となったのである。

2007年、この流派のカンフーが北京で初めて武術類無形文化遺産に選ばれ、無形文化財名簿にのった。これが入選した理由として、張暁航が言うに、「張三門」はその形成の途中でふたつの特徴をもっていた。ひとつは秘密伝授であったこと、ふたつめは門外不出で武術界の人々がその名前を聞き知っていても、どのような技術であるかわからないため、神秘的な色彩を帯びていたことがあげられるという。ここ400年間、張三門の技術は基本的に外界の影響をうけず、伝統的なものを受け継いできた。そのため明末清初の中国武術の「生きた化石」ともいえるものになっていて、中国武術の歴史や文化研究にも非常に高い文化的価値をもつ。張暁航によると、むかしは武術を学んだ人の多くは武術一家に生まれ、そのカンフーの技は門外不出であり、家族にだけ代々伝えられてきた。そのため、家族に受け継ぐものがいなくなれば、その技術はすぐに失われてしまう。このことは、現在、多くの無形文化財が直面している共通した問題である。

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