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縮小したチャンゲンデイル氷
2010年3月、青海・チベット高原がまだ氷に閉ざされていたとき、江源考察隊はふたたびチャンゲンデイルへ向けて出発した。チャンゲンデイル氷はタングラ山脈ゴラタントン山の西南、海抜6500メートルあまりのところにあり、長江はここの沱沱河に源を発する。
1976年のチャンゲンデイル氷のすばらしさは、今日でも茹遂初が取材に訪れた記者に興奮して語るほどのものだった。「まるで一匹の銀色の巨竜が、ゴラタントン山の雪の嶺から下ってくるかのようでした。氷河が溶けて細い流れとなり、ずっと遠方まで伸びて、われわれの偉大な遥かなる長江となるのです。これこそが万里の道行きの細々とした始まりなのです!」
1976年7月21日、茹遂初が国家の長江源科学考察隊とともに青海・チベット高原を出発したとき、長江の源がどこであるか、まだ定論はなかった。かつ、青海・チベット道路以西の広大な地区はまだ「地図のない土地」であったため、考察隊は沱沱河の源をおもな重点目標と定めた
「むかしから、ときに遊牧民が通りすぎるくらいで、人類が足が踏み入れることは非常にまれな土地でした。カメラマンとしてはわれわれは初の訪問者だったでしょう」と、茹遂初は興奮を隠せないようすで語った。「ゴラタントン山と氷柱が林立するチャンゲンデイル氷河が青い空の下に映え、ことのほか壮麗でした。遠くを見やると雪山と氷河、そして氷河がとけてできた小川が見え、とても理想的な画面となっていました」。茹遂初はシャッターを切った
このとき、初めて長江の源がタングラ山ゴラタントン山にあり、長江の長さは6300キロメートルであるということが確定し、この結果により、長江は世界で三番目に長い川となったのである。
茹遂初のこの経験に比べ、曲向東の江源考察隊は最新のアウトドア設備をもっていたものの、ひどい高山病とマイナス30度の低温に悩まされ、肉眼で茹遂初の当時の撮影場所を探し当てるのは非常に困難だった。なぜかというと、チャンゲンデイル氷河はむかしのものとは大きく異なっていたからである。当時写真をとった場所が確定されたとき、曲向東はまず、非常に驚いた。古いチャンゲンデイル氷河の写真では、氷河が真っ白く光っていた北の大部分が今や黄土に覆われ、残っている1キロにも満たないものであり、南の氷河はさらにひどいものだったのである。
曲向東は記者に彼の憂慮を語った。「雄大な氷河はすぐさまタングラ山脈の内部に残るのみになってしまうだろう」。降水が減り気温が上昇したことが、青海・チベット高原の氷河の縮小の重要な原因であることは、すでに共通認識となっている。氷河の縮小は短期的には西部地区の河川の流量を明らかに増やすが、氷河のバランスが破られることは河川の源が断たれ、枯れてしまうことを意味しており、今後生態系の破壊が起きることは想像に難くな
2010年4月、曲向東は「地球カウントダウン」の地球生態観測活動を「2度計画」と名前をかえ、記者会見をひらき、世にこの二組の写真の対比を発表した。「2度計画」と名を変えたのは、2009年の国連気候変動コペンハーゲン会議に啓発されたからである。さまざまな論議がおきた国連気候変動コペンハーゲン会議では190カ国の国家元首や代表がひとつの共通認識をもった。それは、各国が一致協力し、2050年までに地球の温度上昇を、1850年の産業革命前の2度未満に抑えるという「2度合意」である。
曲向東はそれがなぜ2度なのか、それは可能なのか、1850年から2050年の間に地球に何が起きたのか、そして何が今後起きるのかなどについて疑問を抱き、これが曲向東を2度計画に向わせた。「われわれは人類が生活するこの地球というものをよく理解しなくてはなりません。ふたたび人類と自然のバランスを取り戻し、さらに積極的・主導的な生命の尺度を打ち立てなければなりません」。