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海浜都市、青島
文と写真/林帝浣

 

美しいビーチ、きれいな町。青島の魅力はそのロマンチックな海の雰囲気にある。

青島は、海洋性気候に属しており、季節の移り変わりは内陸地区より少し遅い。7月になると、内陸の都市はすでに暑い真夏になるが、青島はまだ涼しい。そのため、名高い避暑地となった。色彩で青島を形容すれば、ブルーとしか言いようがない。黄海に伸びている青島半島は、三面を美しい海に囲まれている。

 

情緒ある旧市街

「赤いレンガで覆われた別荘風の建物が、うっそうと茂る緑の木々の中、いたるところに点在しおり、三面を海に臨む恵まれた地形をもつ。青島の気候は、夏は涼しく、冬は温暖なうえ、風景も明媚で、特に民間の気風が純朴である。われわれは即刻ここは天の時、地の利、人の和のどれにも理想的で、定住にもってこいのところだと思った……。私は北平(昔の北京の呼称)の出身だが、北平が理想的な居住地だとは思わない。私が行ったところはそんなに広いとはいえないが、北の遼寧東部から南の広東・広西まで、十数省をあまねく歩いたことがある。しかし、ほんとうに離れがたく思ったのは青島だけである」。1920年代の作家、梁実秋の青島の生活は、美しい思い出に彩られていたようだ。

開港ののち、民族工業と海運業の迅速な発展によって、青島は山東経済の中心となった。1920年前半、多くの文人がここにやってきて、離れがたく感じ、長く滞在して数え切れないほどのエピソードを残した。古い市街区には、多くの有名人の旧居とその思い出が残されている

旧市街の情緒にみちた観光コースは、桟橋があるあたりの中山路から始まる。ここからカトリック教会の尖った先端を見ることができる。それは、青島地区でもっとも大きいゴシック様式の建物である。さらにプロテスタント教会が、カトリック教会と向かい合って立っている。様式はまったく違っており、黄色い壁、重厚な石造りの建物は、教会の厳粛さをもたず、絵本に描かれたお城のように見える。旧市街には路地が迷路のように走り、その両側には桐の木が並んでいる。登り下りのある道を歩いていると、たまにあっと驚くような景色に出会う

1917年の秋、君主立憲制を唱えていた政治家康有為は青島に来て、16文字でこの海浜都市を総括した。つまり「碧海青山、緑樹紅瓦、不寒不暑、可舟可車(紺碧の海と緑の山、緑の樹と赤い瓦、寒くも暑くもなく、舟でも車でも便利)」である。その時の彼は、ちょうど失意の底にあったのだが、ここで親友に出会った。1923年、康有為はふたたび青島にやってきて、福山支路五号にある一棟の洋館を買って、「天遊園」の名をつけ、自分が老後に住むところとした。

老舎は、1930年代に青島に3年間住んだことがある。横丁にあるその小さな家はすでに空き家となり、周囲は静まりかえっていて、さらに物寂しさを増している。しかし、そこに立つとわれわれは、依然として作家の当時の心情をはっきりと感じ取ることができる。ここで、老舎は有名な長編小説『駱駝祥子(ラクダのシアンズ)』を創作した。もう一人の詩人聞一多の故居は、海洋大学のキャンパス内にある。その時の聞一多は、青島大学の文学院院長兼国語学部主任を担当していた。その住ま2階建ての小さな建物で、「一多楼」と呼ばれている。青島には、このような有名人ゆかりの古い建物がたくさんある。

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