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実は活水公園の浄水量は、全体からしてみれば、ほんのわずかなものに過ぎない。しかし、活水公園の教育的・啓示的意義は遥かにその実際の用途を超えている。現在の効果から見れば、この機能は成功したものだと言える。
雨天であろうと晴天であろうと、成都活水公園はいつも湿気に満ちている。
公園は大きくないが、すばらしい環境をもつ。都市の中では稀にしか見ることのできない鳥や虫、青々としたシダ植物がいたるところに見られる。坂の下にある「蛇出没注意」の標識が人々を驚かす。成都の府南河は公園のそばを緩やかに流れており、一部の水は魚形の公園を横切って、魚の口から順番に気性生物池、流水彫塑、植物池床、養魚池などの水浄化システムを経て、汚水から清水になって、最後に府南河に戻る。
この快適な都市において、活水公園は「生態科学技術実験室」とは、理解しがたいものではなく、想像するよりも複雑ではないことを懸命に証明しているのである。
錦江の変化
錦江はまたの名を府南河といい、成都市区を横切る2本の岷江、府河・南河の総称である。その2本の川があるからこそ、成都は生き生きとしている。しかし、1980年代まで、その川は臭い溝にすぎなかった。都市の現代化は川の水に消すことのできない痕跡を残した。化学原料や生活ごみは川を汚染した。成都っ子の幼年時代の美しい思い出──川の中で泳ぐとか魚を捕まえるとか、米や野菜を洗ったり洗濯したりするといった光景はもはや見られなくなった。
成都人は生まれつき治水に対して好感を抱いているようである。李氷父子が都江堰を建造したときから、成都人は自分たちの都市の歴史を「水によって興り、水によって繁栄した」と総括している。1997年の春、活水公園が起工し、1998年正式に完成した。ここは現在、成都市の「緑の肺」の一つとなっている。
「活水公園は都市の住みやすさからはじまり、どのようにしたら持続的発展が可能な都市の管理と計画が行えるかということを示しています。今回の上海万博に参加したのは、更に多くの都市管理者との交流のチャンス得て、都市の水の管理、都市全体の管理・計画を、『より良い都市、より良い生活』という上海万博のテーマに適合させるためです」と、上海万博の成都案例館の方雷副館長は語る。