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なぞの九華山のミイラ、さまざまな形をした大王洞、天然の酸素ボンベ牯牛降、中国ツルの湖昇金湖、地元生まれの池儺(神舞劇)……。神秘的で美しい池州の風情と景色は、2010年5月21日から25日にかけて行われた2010イメージ中国·百家新聞社の池州カメラマン取材活動に参加した130人の記者を引き付けた。彼らは心から池州という江南の歴史文化名都市、国家優秀観光都市、国家園林都市の豊かな内容を感じ取ると同時に、手の中のカメラとビデオで鮮やかな瞬間を記録し、斬新な視線と独特な角度で全国へ池州の美しいイメージを伝えるのであ
「杏花村を探し当てた」
「清明の時節雨紛々、路上の行人魂を断たんと欲す。借問す酒家は何れの処にか有る、牧童遥かに指さす杏花の村」。唐代の詩人杜牧の『清明』は、後世に千古の絶唱を残したのみならず、杏花村の名を天下に知らしめた。統計によると、全国には十数カ所の杏花村があるという。それは江蘇、安徽、湖北、山西などの8省に分布し、杜牧の『清明』の中の「杏花村」はいったいどこなのか、ずっと各地で論争が続いてきた。
5月22日午前、今回の取材活動の始動式が池州の杏花村文化園で行われ、新華通信社、人民日報、光明日報、工人日報などの中央メディアと鎮江日報、連雲港日報、温州日報などの記者が杏花村に集まってきた。この日はあいにくの雨模様で、カメラマンにとってはいい天気とはいえなかったが、杏花村ではこのような天気のために、思いがけない収穫を得ることができた。彼らはまさに杜牧の「清明の時節雨紛々」の感覚を体験することができたのである。
ガイドの紹介によると、池州の杏花村はかつて「十里の煙村一色の紅、村の酒村の花両(ふた)つながら共に幽なり」という佳境としての記載があり、全国唯一の村の歴史が記載された村であるという。杏花村1987年、安徽省最初の省クラスの風景区とされた。1999年、ハンガリー華僑の詹暁栄は、文化クリエティブ産業から着手し、池州市政府の許可を得て、「杏花村」の回復建設プロジェクトを開始した。杏花村文化園一期園区は、敷地1万3520平方メートル、主な風景区は黄公井院、醸酒坊、杏花亭、村誌館、煥園などからなる。園区の風格は素朴かつ典雅で、園内には草花や杏の木が茂り、渓流が流れ、さまざまな唐代の様式の建築がたち、舞台では精彩な出し物が披露されて、ときには酒の香りが辺りにただよった。二期地区は、敷地面積約16.67ヘクタールで、一期よりも10倍に拡大され、総投資額は1億元以上に達した。二期工事では名村・名人・名詩・名酒の体現を特色とし、池州の古い文化と民俗の内容が表現され、六朝長廊・懐杜軒・黄舎・煥園・飲詩台・昭明潭・演武場・望華亭・杏花村遺跡・古代風俗展示館が建設された。
杏花村では、記者たちはときにシャッターを押しながら、黄公井戸の水と黄公酒を味わった。去る時も、いいお酒を持ち帰るのを忘れなかった。「ついに本当の杏花村を探し当てたと思いました。池州の杏花村の復建工事は非常に意義を持っており、啓示をもたらしてくれます。今回はきちんとしたカメラを持ってきていないので、帰ってから杏花村旅行記を書くつもりです」と、広東掲陽日報掲西記者詰所の責任者林偉初は語った。