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清末期から民国初年にかけての一徳路の写真を見ると、広い通りがきれいに整い、道路ぞいがアーケード状になっている欧風の建物「騎楼」が建ち並んでいるのが分かる。大通りを歩いているのは、天秤棒で貨物を担いだ行商人、客を乗せて道を急ぐ人力車、商店を見て歩いている市民らである。彼らは皆、伝統的な中国服をまとい、悠然とした様子である。
一徳路にある聖心大教会堂は、広州におけるもっとも雄大で特色を持つカトリック教会である。また、全国で唯一の花岡岩で築かれたゴシック様式の教会堂であり、同時にもっとも大きい建物でもある。この俗に「石室」と呼ばれる建物は、フランスのパリにあるノートル・ダム大聖堂の建物と似ており、フランスのカトリック教会によって建てられたものである。清の同治(1863)の定礎から、光緒十四年(1888)の完成まで、計25年が費やされた。教会堂のすべての壁と柱は花岡岩で築かれたため、「石室」あるいは「石室イエス聖心堂」「石室カトリック堂」とも呼ばれる。教会堂の定礎式では、カトリックを信仰する信徒たちは、それぞれ聖地であるエルサレムとローマから持ってきた1キロの土を基礎に入れた。しかも、教会堂の東西両端の石に、「エルサレム1863」と「ローマ1863」の字を刻んで、キリスト教が聖なるエルサレムで創立され、ローマで振興したことを示した。教会堂の建築工事は大掛かりなもので、40万フランという莫大な費用が費やされた。教会はフランス人建築士によって設計され、石材は香港の九竜で採石し、加工してから帆掛け船で広州に運んできた。石塊の加工から運搬まですべて人力に頼り、25年を費やしてとうとう完成した。
教会堂の建築面積は2754平方メートルで、東西の幅は35メートル、南北の長さは78.69メートルで、尖塔の高さは58.5メートル。ゴシック様式の教会堂の正面には二本の高い石造りの尖塔が聳えている。塔の真ん中には、大きい時計があり、東側は鐘楼であり、フランスから運んできた4つの大きい銅鐘が置かれており、尖塔の内部には時間を知らせる機械じかけの時計がある。当時、機械じかけの時計はとても高価だったため、時計と4つの銅鐘を据え付けたのち石塔のドアを築き、時計が盗まれないように工夫したという
聖心大教会堂は現在も広州カトリック教会が活動する主な場所で、すぐ外の商人たちの喧騒も、宗教的な厳粛さの妨げにならないのは、広州ならではであろう。欧米やアフリカからやってきた商人たちは、よく外で取引をしてから、教会に足を運んで敬虔な祈りを捧げている。
現在、一徳路あたりの路地には、数多くの個人経営の小さな店舗がある。店舗は狭いが、取引量は多い。専門家によると、この通りでの取引高は年間10億元にも達するという。この数字は、全国の雑貨専門市場のトップを占めている。市場にある店舗は、わずか3、4平米しかないが、それは、ここはサンプルを置く場所に過ぎず、大量の取引は実際は倉庫で行われるからである。
ここの店舗では、広州の7割の海産乾物の卸売りが行われている。特に春節(旧正月)の1カ月前が海産乾物市場のもっとも盛んなシーズンで、販売高は年間の3割を占める。市場には、全国各地の副食品と雑貨が集まり、500グラムあたり数千元のオーストラリア産のフカヒレ、渤海産の大連アワビ、数元で買えるハルサメ、華南産のハスの実、西北産のエゾキスゲ、西南産のタケノコなど何でも揃っている。一徳路には、山の幸と海の幸が全て揃うので、高級な海鮮食材を買いたければ一徳路に行くとよい、安い日常用の食材を買いたければ一徳路にいくとよい、と広州っ子はよく口にする。一徳路はすでに全国にその名を知られる海産乾物の専門市場となっていて、多くの海産物屋・乾物屋が争って安値で売るので、質も値段もデパートやスーパー、生産地よりも安いという。香港の主婦は、わざわざ「女性観光団」を組んで買物にやってくる
現在の一徳路は、ありし日の繁栄を取り戻し、大通りの両側にある古風な建物はむかしのままで、荷物運送のトラックが増えたのみである。雑貨のアイテムもモダンな電動おもちゃ、色鮮やかなプレンセント用文具へと変わっているが、ただ高級なフカヒレやアワビ、魚の浮袋だけは昔と変わらな