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彼女たちの団地ではペットを飼う人が非常に多い。程瀟の隣もそうである。彼女はデザイン関係の仕事に従事し、その家の戸は永遠に野良猫のために開かれている。寒い冬のある夜には、団地の野良猫のほとんどが彼女の家に集まってきたということである
「毎朝、猫にえさをやる時、我の家の庭は動物園のようになり、団地の老人や子供たちもたくさん見に来ています」と、程瀟は語る。
程瀟の父はアメリカ人の同僚を連れて彼女の家に来る。それは、もっぱら彼女が飼う猫や数百点の猫アートのコレクションを見に来るのである。程瀟の父は猫より犬のほうが好きだと言っているが、その言葉から、娘が猫を飼うのを誇りに思っているのが感じられる。
20年前、北京で広告会社を経営する婁さんは、オークションで3万元で白い京巴犬を買った。北京の職員の月給が100元あまりだった時代のことである。この中国原産の犬は、その当時周辺の国からの密輸によってしか、買うことができなかった。今では、野良犬の中にも、この犬の姿が見られる。20年の間に、ペットは中国の家庭に入りこみ、人々の生活の一部分となり、一種の生活様式ともなっている。
中国の動物救助機構は多くない。国の経費の多くは絶滅の危機にある動物や希少な野生動物の救助に用いられる。たとえば、パン、野生の馬、キンシコウ、チベットカモシカ、オグロヅルなどである。都市の小さな動物救助は、民間の団体によって行われており、その能力や財力には限りがある。
今や多くの人が野良猫への合理的な救助を行うようになった。彼らは最もいい救助方法が野良猫に不妊手術を行うことだと認識している。ただしこれらの善良な人々の中の多数が低収入であり、彼らにとって、野良猫のための不妊手術の費用は非常に高い出費となる。
経費問題と比べてもさらにペット愛好者と動物保護者の頭を悩ませるのは、人々の観念と習慣である。いまだ多くの人が動物のための不妊手術は人道的によくない行為だと思っているため、彼らは動物を飼っても、不妊手術をしない。郊外に住む常さんも以前はこのような考え方を持っていた。彼は2年前、道で怪我をした野良犬を救い、その1年後、彼の家にはその野良猫のさまざまな姿をした小犬が10匹ほどいることとなった。このため、彼はその問題の厳しさを認識し始め考え方を変え、犬に不妊手術を行った。
中国の一部の地区には犬の肉を食べる習慣があるが、現在、それに反対する人も多くなっている。ペット犬の販売会社を経営する魏首平は、よく友人の画家が経営する湖南料理店に行く。ある日、友人が犬料理の出そうと思っているといったとき、すぐさま魏首平の強固な反対にあった。彼は犬料理を出したら、客を来ないようにするとまでいった。そのためこの店は犬料理については一切触れなくなった。
「犬を飼う人が多くなるにつれ、犬を食べることに反対する人も多くなりました」と、魏首平は語る。
事実、1980、90年代に生まれた若者は動物に親しみを感じやすく、動物を愛する。そしてペットは孤独な老人と一人っ子たちの心をいやす役割をもっている。閉鎖的な住宅団地では、人々のコミュニケーションは少なくなり、ペット人々の付き合いの架け橋となっている。「ペットは人々の人間関係をつくりあげるのに役立ちます。これがこの情報化社会の時代に、人々がペットを求める重要な原因の一つなのです」と、程瀟は評価している。
ペットは中国人の生活様式と動物に対する考え方を変えると同時に、中国のペット産業を形成させた。
ペット産業チェーンはペットフード、ペット用品の生産と販売、ペット医療、ペット美容、ペット預かり、ペット撮影、ペットの印刷と埋葬、ペット展示会などを含んでいる。2008年、その生産額は200億元に達し、2010年にはさらに倍増する見込みである。
ペットの増加にしたがって、それがもたらす社会問題も増える一方である。ペットが人を傷つけたり、近隣に迷惑をかけたりする事件が頻発するが、それらの事件の発生はペットの飼い主の素質と直接的な関係があると一般的に考えられてい