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上海の古い大通りといえば、多くの人がまず南京路と淮海路を連想するだろう。前者は、世界的にその名を知られているショッピングストリートで、道の両側に林立する店舗は上海の繁盛を物語っている。後者は、名高いバーストリートで、イルミネーションが煌めく町のファッショナブルな名刺となっている。実は、この国際的メトロポリスの奥深いところには、数多くの人に知られない古い大通りがある。それらは、この町の過去を刻みこみ、庶民の生活を見守りながら、にぎやかな都市の裏に隠された歴史、静謐、優雅さなどのまったく別の一面を示し
2010年、上海万博を見学したのち、これらの上海風情を現す古い大通りに足を運んでみてはどうだろうか。
上海でもっとも優雅な大通り
上海の横縦に交差する交通網のなかに、一本の古い大通りがある。南京路のような賑わいはないが、閑静かつ優雅で、両側に立つエキゾチックな古い洋館が、静かにありし日の繁華を物語っている。この古い大通りは武康路といい、上海っ子自慢の「もっとも優雅な大通り」である。
武康路のある区域は元々フランス租界で、1907年に上海のフランス租界総局によって築かれ、その頃の名前は福開森路だった。当時、フランス租界は拡張中で、イギリスやアメリカなどの国と軋轢が起きていた。アメリカ人宣教師フォクセンは、各国の間をとりもち、その軋轢を調整した。フランス租界ではそれに対する感謝を示すために、フランス租界西区にある通りを福開森(フォクセン)路と名づけたのである。1943年10月、福開森路は武康路に改名された。
武康路は淮海西路と隣り合っている。淮海西路には多くの店舗があり、買い物客で賑わっているが、武康路に入ると、たちまち静かになる。武康路は人通りが少なく、そこには古い洋館がずらりと並んでいる。美しい洋館はそれぞれに古い歴史を持ち、1階の壁には、ほとんどの建物に「市級保護建築」の札がつけられている。スペイン風のとんがり屋根のある建物もあれば、造型が美しいイタリア様式のものもある。イタリア風の半円形バルコニーは、シェークスピアが描写するロミオとジュリエットがデートするバルコニーにそっくりで、バルコニーにはツタがうっそうと絡み付いている。隣にある小さな花屋はいつもオーナーの姿が見えない。まれに数人の外国人とすれ違うが、だれもお互いに気にもとめない。武康路のもつ骨の髄からの優雅と静けさは、上海ならで
場所
武康路は上海の徐匯区にあり、全長1.71キロ。そこにある古い建物は40を超える。ここには、かつて多くの官僚・商人・文化界の有名人が住んでいた。革命家である黄興、鉄鋼王の朱恒清、小麦粉王の孫多森など、商工界の有名人の姿もここに現れたことがある。有名な文学者である巴金、映画スターの趙丹・孫道臨なども武康路に長く住んでいた。
見所
宋慶齢故居:淮海西路に近い武康路の入り口にある。1948年冬に宋慶齢はここに引っ越した。この故居には、孫文の写真や宋慶齢と内外の有名人との記念写真が飾られている。部屋には宋慶齢の使った品物や国内外の友人たちから贈られた置物や油絵が陳列されている。そのなかに、宋慶齢お気に入りの黒いシルクのチャイナドレスがある。当時、彼女はこのドレスを着て武康路を悠然と歩いていたのだろう
武康大楼(ノルマンディー・アパート):淮海路と武康路が接するところにあり、武康路のシンボリックな建1924年に建設され、当初はこのマンションには中国人はほとんどおらず、電車会社や水道局などに勤める外国人ばかりが住んでいた。抗日戦争後、孔祥熙の次女がこのマンションを買い取った。1930年代、名高い映画芸術家鄭君里・趙丹がここに住んでいた。有名な俳優孫道臨氏も亡くなる前にここに住んでいて、彼の未亡人が依然としてここの新棟に住んでいる。彼女の部屋はちょうど孔家の次女の部屋だったところである。