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6月20日の広州は、まさに夏たけなわ、雨が降るか、焼け付くような日差しに照らされるかという日々が続いている。
「活力に満ち、情熱に満ち溢れる広州。歌声はもっともすばらしい。魅力的な広州は、情熱に満ち溢れています。広州は、あなたを歓迎します……」。この日、広州市文化放送テレビ・メディア出版局の共産党書記徐咏虹さんがお気に入りの歌が、一曲また一曲と歌われ、広州「皆でアジア大会の歌を歌おう」コンクールの序幕が開かれ
1年前の6月20日、広州体育学院の学生である高修鵬さんは、27人のチームメイトと共に、健力宝アジア大会応援団の全国選抜コンクールの第一歩を踏み出した。同日、華南農業大学芸術学院の金慧副院長は、制服デザイン案の修正や見本作りに忙しく、アジア競技大会の役員の制服の入札募集のための最後の準備に没頭して
一見何のかかわりもないこの3人は、アジア競技大会と密接な関係で結ばれており、われわれにアジア大会の一連のエピソードを語ってく
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「墨舞揮彩」のデザイナ
金慧は人生におけるもっとも重要な戦いに勝った。
「私は『墨舞揮彩』のデザインがもっとも好きです。最初にデザイ16セットの役員制服は、いくらかオリンピックの役員の制服に似たところがありました。しかし、これは、完全にオリンピックのイメージから抜け出ることができました。このデザインは個性的なので、好きではない人もいると、水をさす人もいますが、毎回の選考は前回のチャンピオンに影響を受けてしまうということを、選考委員になったことのある人ならばみな知っているで
2010年5月18日、ファッションモデルが「墨舞揮彩」を着て、第16回アジア競技大会役員制服発表会に登場するやいなや、さまざまな感慨が金慧さんを襲った。
2009年1月、金慧のデザインチームは、広州アジア競技大会の役員制服の入札に参加することを決めた。当初、広州では自分の大学しかその入札に参加しないと思ったが、のちに北京服装学院も入札に加わったことを聞かされ、プレッシャーを感じた。「広東省の大学との争いならば、われわれは自信を持っています。わが学校はかなりの実力をもっていますから。しかし、北京服装学院が入るとなると、ぜんぜん話が違います。彼らは北京オリンピック大会を請負ったこともあり、経験にしろ知名度にしろ、われわれとは桁違いです。私たちは強豪とぶつかったといえ
「役員、ボランティア、技術役員の三種類の制服にはそれぞれ半袖、長袖、上着、ズボン、水筒、帽子など9つのアイテムがあり、し16セットのデザイン図をつくって選考に備えるように、アジア競技大会組織委員会は要求していました」。結局、彼ら16セットのデザイン図を書き上げ、分厚い資料を提出したことは、まだ金慧の記憶に新しい。これらのデザイン図は、彼らが何度も夜通しの作業を行い、懸命にデザインしたも
「中国の特色、広東の性格、広東の風采」の体現が、広州アジア競技大会組織委員会が役員制服に対して出した全体的要求である。「われわれが考えたのは、いかにしてオリンピック大会の影響を抜け出して、自分なりのオリジナリティを創りだすかということでした。私たちは、組に分かれて地元文化の特色を持つものを見つけようと取材に行きました。例えば、珠江、獅子舞、羊、キワタノキ、広州焼などにヒントを求めました
「『墨舞揮彩』には、中国画のイメージを取り入れましたが、では、どうすれば嶺南文化の特色が体現できるでしょうか? われわれは嶺南画派を研究し、彩色水墨画からインスピレーションを得ました」と、金慧さんは語った。当初、中国画は彼らが得意な分野ではないために、あまり自信がなかったが、中国画の専門家に参加を求めると、費用や秘密保守などに問題がおきる。そのため、彼らはインターネットで中国画を検索し、すばらしいものを見つけるとダウンロードし、最後に皆が探し出したものをひとつに集めた。しかし、それは「どうも決定力に欠けたもののように思えた」。そのため、彼らは自分で筆をとり、大胆にも中国画にチャレンジした。たくさん描くうちに、ようやくインスピレーションが涌いてきて、そしてコンピュータを使ってそれに色をつけ、現在の「墨舞揮彩」のデザインができあ
2009年5月6日、金慧さんは、緊張しながら最後選考の日を迎えた。午後の選考が終わると、選考委員の清華大学美術学院の当岐氏は金慧に言った。「あなたたちは、さすが地元広東の大学ですね。嶺南文化を見事に掴んでいます。デザインも活力に満ち溢れ、流行も取り入れ、かつ北京オリンピック大会の服装とは違います2009年9月19日、金慧の記憶に刻まれたこの日に、緊張の中で彼らはとうとう最終的な勝利を掴んだ。